第5話

 ホームと違い電気は通ってはいるが送電がうまくいってない様子で、灯りのついているものもあれば切れているものもあった。少し薄暗いが何も見えないわけではない。ところどころカビかコケのようなものが光っている。蓄光性があるのだろう。生きている照明の範囲を広げている。


 改札を出るとすぐに地図がみつかった。

 地上への階段は3つ。エレベーターが2つ。全長400メートルほどの地下商店街がつながっており、そちらにも地上への階段が3つ。

「桜もち、これ覚えてくれる?」

『はい、問題ありません』

 相変わらず無人の駅をぐるりと見渡す。

 何かないだろうか。

 くたびれたマガジンラックに求人雑誌があった。バイト募集の期日を確認するが6月19日となっており年度の確認はできなかった。

「今って何年何月なの?」

『今は2030年の6月6日です』

 こういうものを集めて人類がいつ襲われたのか、とか研究検証している人もいるのだろうか。僕もそういうのに興味はあるが、せっかくなら戦ってみたい。発見出来たらラッキーぐらいの心積もりでいよう。


 見つけた自販機にお金を入れてみた。何も出てこない。お金も帰ってこなかった。

「がっでむ!」

『口が悪いですよ、葛もち』


 改札の近くには駅員室があったが鍵がかかっており入れなかった。扉の向こうからは音も聞こえない。何もいないのだろう。

 仕方ない。改札周辺からはあまり得るものがなかった。

 近くの階段はシャッターが下りているか、瓦礫で塞がれている。エレベーターは動く気配はない。

「駅からは出られないのか」

『商店街の側へいってみましょう』


 駅と地下商店街を繋ぐ短い階段を降りる。

 すると通路の床がオーロラのような靄の巻き上がる淡い緑色に輝いている。

「なんだこれ?」

 あからさまだがトラップか何かだろうか。ここに入ると毒とかの状態異常になる的な。

『リスポーンポイントです』

 成る程。それなら怖がる必要はない。

 躊躇なく光の中に足を踏み入れる。


【リスポーンポイントを記録しますか?】


 目の前にステータスを開いた時の様に選択肢がポップアップする。

『ここでテントと寝袋を使用しましょう』


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 ◇アイテム

【テント】

 軽くて持ち運びしやすい。その分耐久性に難アリ。

 リスポーンポイント作成アイテム。回数:3

 リスポーンポイントで使用する場合、デスペナルティを軽減。


【寝袋】

 安い分スカスカしているが何も無いより格段に寝心地が良くなる。

 デスペナルティ軽減アイテム。回数:7

 リスポーン時HP・MP・SPを全回復する。


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 このゲームはリスポーン時にHPなどの全回復はしない。

 他のゲームでよくあるゾンビアタック戦法の様なものが取りづらく設計されている。

 またデスペナルティは一定時間の身体能力へデバフ、所持経験値の減少、所有アイテムへのダメージなどが存在する。どのように死んだかでペナルティが変わり増減するのだ。もちろん短時間で連続死すればペナルティも増加する。

 これから難易度によっては死に戻りを繰り返すであろう葛もちには必須なものだ。

 桜もちにそう説得されて買った。


 問題は死に戻り無限アタックでどうにかなる程度の難易度かどうか。


 だがそんなことを気にするより、ここはレアなダンジョンなのだ。ここをどうにかしない手はない。意地でもやってやる。

 【テント】も【寝袋】も使用した。

 曰く、両方併用することで効果回数の消費が確率で軽減されるそうだ。隠しテクニックってやつか。


 意気込んで商店街を進むが--

「何もないな」

 店のほとんどはシャッターが下りており、壊されているものや開いているものもあったがすべて荒らされていた。

 服屋にはほとんど商品が残っていなく、防具や換金アイテムっぽいものもなかった。商品棚にはわずかに積まれた黒いヘドロというかカビのようなものが少しばかりある。これ布がこう変化したのだろうか。

 牛丼屋はシャッターが壊されており何も残っていなさそうだ。というより残ってても食べれるものはないだろう。喫茶店もシャッターが下りているが同じく役立つものはないんだろうなぁ。

 お店の物色は諦めて階段を確認していく。

 駅のものと同じく崩れて塞がっている。一番奥の階段まで来たがやはり地上への道はなかった。

 だが、これは--

「桜もち、階段壊れてないの見つけたぞ」

『ですがこれは--』


「ああ、下り階段だな」


 地図にはなかった階段。

 地上への階段はシャッターが下りているが、同じデザインで地下深くへ向かう階段が目の前に広がっているのだ。

 つまりはここからがダンジョンということか。


「……行くぞ」

 盾を握り、ナイフを構えながら階段を下りる。

『はい。冒険を始めましょう』




 階段を下りた先は駅とほぼ変わらなかった。

 先ほどまでと同じ、洞窟だったりどこかの神殿だったり臓物をぶちまけたような狂気じみた、なんてことはなかった。光量も変わらず蓄光苔と壊れかけの照明。トーチの魔法を覚える必要はなさそうだ。

「桜もち周囲に異変は?」

『問題ありません。索敵をしながらの進攻を推奨します』

 コピー&ペーストを繰り返したようなエキナカと商店街のツギハギ。ここから見えるだけでそっくりな牛丼屋とマックが3つは見える。横への道も複数ある。迷路系かよ、このダンジョン。

「マッピング頼める?」

 ここから先、周囲に気を配りながら進むのだ。タスクは減らしていきたい。このゲーム、マップ機能もスキル依存だからなあ。少しでもスキルは節約していきたい。

『はい、私にお任せください』


「ふぅーーっ」

 鼻から息をすったあとゆっくり口から吐く。その際軽く目をつぶる。意識して耳を使う。索敵スキルなどがあれば違うのだろうが、自前の耳を使ったソナーだ。

 意外とVRゲームでは使う技術だと思う。僕が今までやっていたのは対人格ゲーがほとんどだが昔の横スクとはちがってVRは方位が自在だ。その際目視より役立つことがある。まあ僕はへなちょこだから真面目にやるときはすこし集中するのだが……。

「くそぅ。なんもわかんねえ」

 ナニカが動いている、とわかるような音はなんにも拾えなかった。

 こうなったら--

「とりあえず右からせめてみる」



 進んでみてわかったがマジ迷路だ。

 行き止まりで進めなくなって3度は横道に移動した。

「あれなんだ?」

 曲がって直ぐに何かいた。スキルが発動する。


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『スケルトン』Lv.?

 HP:?

 スキル:?

 所持:無し

 特徴:?


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【観察】スキルだろうが、名前しかわかんない。

 でも、初エネミーだ! とりあえずやってみよう。


 右手に備えた丸盾を前面に構えながらスケルトンへと接敵する。ゆっくり、いやどちらかというとコマが跳ぶ映像のようなカクカクとした動きでスケルトンがこちらを捉える。

 攻撃前に気が付かれるのは想定内だ。このまま丸盾をぶつけるように体当たりを敢行する。見た目より重たい感覚、スカスカなのに同サイズの成人男性ぐらいの反動を感じた。実際スケルトンの側も体勢を崩しているが吹っ飛んだりはしていない。このスケルトンというクリーチャーは骨が動いている、というよりナニカが骨を動かしているのか。

 注目していたがダメージ数の表示やダメージエフェクトの類は確認できなかった。もしも殴られたらどれぐらいダメージを受けるのか。そんなことが頭の隅に浮かぶが、そんなことを試してリスポーンはしたくない。ただ攻撃を続ける。

 死ぬ前に倒してやる。がむしゃらに左手の鉈ナイフを振るう。三閃--二の腕、胸、太もも。こちらの攻撃は骨に当たってはじかれる。軽い音がした。ダメージ通ってるのか?

 不安になる。アンデット系の敵はゲームによっては物理耐性が高かったり、浄化属性のようなものしか効果が無かったりすることもある。

 嫌な気分の隙を縫うようにスケルトンのテレフォンパンチが跳んできた。盾で防ぐが正面から受けてしまった。その勢い倒れそうになる。やはり骨のパンチではない。筋肉があるような膂力がある。

『HPは減っていません』

 桜もちからステータスのアナウンスがくる。丁度いい、気になってたんだ。

 だが、このままだと崩れた体勢のせいでたたらを踏んでさらなる隙を見せてしまいそうだ。とっさに左手のナイフの握りを変えたあと、逆に倒れるように跳んで転がるように態勢を直す。

 追撃しようとスケルトンが近づいてきているが、動きの遅さのおかげでこちらが起き上がる方が速い。その勢いのまま盾で叩く。

 固いものを砕くような音がする。もしかして斬撃より打撃の方が効きやすいのか?

 そのまま今度はナイフで突いてみる。

 肋骨にはじかれる。斬りつけたときと同じような感覚。やはり打撃か?

 右手の丸盾を引いて構え、防御を意識しながらも。続けてナイフを振るう。振り下ろしから途中手首を捻って突きへと変える。また肋骨に阻まれるが、欠けて勢いのままにナイフが胸の内へ滑る。ずぶり、と生の鳥胸肉にフォークを刺したような肉厚な抵抗感があった。

 スケルトンが抵抗か暴れだす。

 驚いてナイフから手を放してしまった。するとどうだ。ナイフはスケルトンの身体の骨以外は何もないかのように落ちていく。

「取りには行けないよ、なッ!」

 武器がない。仕方がない、盾で殴る。

 砕けるような手ごたえがあった。

「へへっ」

 思わずにやけてしまう。よかったこれはきっとダメージ効いてるぞ。

 盾を持つ右手を引いて構えながら左足で足払いのように低い蹴りを放つ。

 スケルトンはそのまま倒れた。チャンスだ。

 馬乗りになって胸元を叩く。

 ゴムか分厚い肉のような抵抗感。一度、二度、三度--

 四度目に抵抗は無く、バキバキと肋骨も背骨も砕けてスケルトンは上下に分かたれた。


『初戦闘終了ですね』

 桜もちの声に我に返る。

「……倒せたのか」

 から起き上がる。そういえばこの一体に夢中になって周囲を気にしていなかった。幸いチェーンは起きていないようだ。今度からは気をつけよう。

 しばらく見ているとスケルトンは水に溶けるラムネのようにぼやけた後に消えていった。

 戦闘前のポップアップの通り何も持っていない様でドロップは無いようだ。なにも残らず消えてしまった。


「これ、スケルトンって名前表示でたけどさ、骨のバケモノっていうより骨と見えないナニカのバケモノだよね」

 落ちたナイフを拾いながら戦闘中に気になったことを口にする。

『そうですねあのクリッターの本質は骨の中の見えない本体でしょう』




 あれからスケルトンをさらに2体倒した。

 どちらも1体ずつ通路を歩いており難なくタイマンで倒せた。やはり素っ裸なにもアイテムは手に入らなかった。

 戦闘を除いて30分は歩いた。広いよな地下1階、と考えていた。注意力が散漫だった、後悔してる。

 通算4体目のスケルトンを見つけてよっしゃやったるで! と思っていたら近くの交差路から5体目のスケルトンが現れた。迂闊、挟まれる形だ。

「ラアッ!」

 盾とナイフでぶっ叩くようにして2体のスケルトンをやり過ごす。最初の方をA、あとから来た方をBとする。頭で考えていたらポップアップのステータス表示が変わった。


 --------------------------------


『スケルトンA』Lv.?

 HP:?

 スキル:?

 所持:無し

 特徴:見えない肉


『スケルトンB』Lv.?

 HP:?

 スキル:?

 所持:無し

 特徴:見えない肉


 --------------------------------


「あ?」

 急のことで一瞬呆けていたらAからパンチを喰らった。防ぐ間合いを見誤ってナイフを持っている腕で受けてしまった。強い衝撃、痛みがわずかなのはゲームだからだろう。これ現実だったら骨のとか折れるんじゃね。殴られた勢いのまま盾とナイフで顔とか急所を守ってBの横をすり抜ける。

「チッ! やられた!」

 だがこれで挟み撃ちの形から抜けた。

『葛もち! HPが10削られてますよ!』

 たったの10。されど10。葛もちからすれば1割だ。

 これ思ってたよりスケルトン強いのか?


 2体のスケルトンと間合いを取りながらナイフを構える。一歩踏み込めばナイフの間合いだ。

 こちらが図っているとBの方が近づいてきた。あまり頭がないのだろう。中身空っぽに見えるし。好都合だ。

 一閃、左のナイフを右から横薙ぎ。

 ----腕を弾く。その隙に蹴りを入れて吹っ飛ばそう。

 短い金属音のような高い音がしてアニメや漫画で見る衝撃波のようなエフェクトが出た。

「なんだこれ」

 気が付けばナイフは振り抜いていた。

 目の前のスケルトンBは左腕が切れ落ち、胸にも切り裂かれて罅が奔っている。

 よくはわからないが--

「チャーンス」

 思わず舌なめずりしながらスケルトンBを盾を叩きつけて吹っ飛ばす。そのまま足払いしてから踏み越える。


 ラッシュだ。

 せっかく間合いやポジションを取ったが、Bは死にかけ。今のうちにもう一体だ。

「オラ、オラオラ!」

 盾で殴る。殴る殴る。ナイフは逆手に持ち替えて防御。攻撃を受け流す。

 体感だがスケルトンは2種類の属性を持つクリッターだ。

 斬撃より打撃が効いて、見えない中身は刺突や斬撃も通る。外骨格や昆虫を意識すればいい。

「フハハッ!」

 殴りまくって腕の下がった胸元にナイフを突き刺す。電撃でびくびくしてる人みたいな挙動をする。うはー。

『起き上がりますよ』

 ナイフをぐりぐりしてから引き抜く。桜もちの警告通りBが起き上がろうとしている。

「よっと」

 足払い。Aが倒れかけたところををヤクザキック。すぐさま振り返る。起き上がったばかりのBを盾で吹っ飛ばす。攻撃モーションとってるところ悪いけど。

 盾チョー便利。

 追撃でナイフを突き刺す。肋骨に当たるがそのまま押し込む。

「痛て」

 反撃で残った右腕で殴られるがさっきの殴られたほどじゃない。

「いくつ喰らった?」

『3ダメージです』

 抜いて刺す。もういっちょ、と思ったらスケルトンBは力が抜けて崩れ落ちた。


「桜もち、おかわりはある?」

『周囲に他の敵はありません』

「じゃあ後はオマエだけだなあ!」

 僕は残ったAへ盾を構えて突っ込んだ。


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ワールドサインを探して 高山満 @stellarstory

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