第4話
「……あててっ」
思いっきり腰を打った。
「メトロって言ったよね」
桜もちに問いかける。見慣れた車両のなかの風景。窓の外は地下鉄特有のたまに光が流される闇が広がっている。
『はい。ここは狂えるメトロ、夏芽屋市営地下鉄『
「これどうすればいいのさ」
『まずはステータスを確認しましょう』
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Name:葛もち
HP:100
MP:10
STM:21
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『このゲームはステータスの常時表示はありません。数値の変動時に一時表示はありますが、その表示に気が付かないことはあり得ます』
桜もちはすこし溜めてから話を続ける。
『なので何か起きたらステータスを確認するようにしましょう』
きっとあれだな。ビジュアルデータがあれば、このAIドヤ顔決めてたな。そんな声してる。
「それなら、次はこういうことか?」
戦闘になってもいいように準備をしなくては。インベントリから『初心者の丸盾』を取り出し右手に装備する。
『装備品は通常移動の際のスタミナ消費にわずかですが影響をします。そのため先ほどの荒野・砂漠フィールドでは装備をしませんでしたが、ここからは戦闘へ意識を割いていきましょう』
「それなら他の車両を探しにいった方がいいか?」
この車両をちらりと見渡す。無人の車両、なにか落とし物--アイテムもない。連結された窓から見える両側も、無人のようだが探せばなにかあるかもしれない。
『はい。探索を止めはしませんが、車両が止まった際は降車を推奨します』
「わかったよ」
仕方ない。アイテム探しは諦めよう。
夏芽屋に行ったことは無いが、都心部の電車なんて隣の駅までは2、3分しか移動時間はないもんだ。
「……そういえば」
さっき穴から落ちるときになにか拾ったっけ。
足元を探してみると、座席の陰に何かの瓶があった。拾ってよくみるとなにかラベルに書かれているが読めない。これは黄色いジャムかなにかだろうか。
『マーマレードですね。アイテム名『永劫のマーマレード』』
「へー、ジャムじゃないんだ。これどんな効果があるの?」
『インベントリに収納すると基本的な内容は判別がつきますよ』
「わかったよ」
そう言って、バックパックにしまおうと背負うのをやめた。その時ふと落ちてきた列車の穴を覗いたのだ。よく電車の天上とか貫けたよなぁ、と思って。
覗いてしまった。
向こう側に何かがあった。
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「……あ、あああぁぁ」
見えた。
見えてしまった。
視線が交わされた。見つめあった。
「あ、かかかかぁああ阿ヵヵあああ唖ああぁア亜あぁぁああぁぁアアあ亜あ阿あアああッーーーーーー!!!?????」
なんだ、何が見えた?!
よくわからない。暗闇ではなく何かがあって。
それは見つけてしまうべきではなかったということは直感した。
全身の毛穴がちいさく湧きたつような悍ましい嫌悪感。背骨を握りしめられているような致命的な感覚。
あれはこちらを覗いていた。
『どうしました!?』
明らかに様子のおかしくなったのを見て桜もちが困惑しながら声をかけてくる。
このままではゲームを続けるのもままならなくなる。なんだこの五感フィードバック。
「すはっすはっすはっすはっ」
意識して呼吸をする。
短く鼻から吸って、すぐに口から吐く。それをただ繰り返す。
何かの本で読んだメンタルコントロール。
呼吸は無意識でするものだが、意識して普段と違う呼吸法をすることで意識がすり替わるとか。
あれか、ラマーズ法とかもそうか、ひっひっふーっ。
「ふへっふへっふへっ」
いいぞ、いい調子だ。
笑えてきた。
思考をスライド出来てきた。
恐怖にも似た感覚をごまかせてきている。
その時、車両が止まった。
このまま電車の中にいるのはマズいと思った。あの天井の穴から何かが覗いていたのだ。
自動扉が開くとすぐに転がり出るように駅へ飛び込んだ。
荒い息を吐きながら周りを一瞥する。
無人のホーム。敵の類、エネミーも見当たらない。
「……ふはっ……ふはっ……ふはっ……ふはっ」
呼吸を続けて整えていくうちに電車が去っていく。
だんだんとわけのわからない嫌悪感は消えていく。
『何がありました? 葛もち』
「……わからない」
教えてほしいのはこっちだよ。というかこのやり取りからして桜もちはアレを理解していないってことか。
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Name:葛もち
HP:100
MP:10
STM:21
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【注視】----状態異常ってことは悪い影響が起きてるってことか?
「桜もち、コンディションってどんなことがあるんだ?」
『コンディション、ですか?』
質問に対して少し考える間があった。彼女もステータスを確認しているのだろう。
『一般的なものは、味方から聖なる祝福で耐久や耐性を上昇する【
よく他のゲームとかでも聞くやつだ。アムネシア・オンラインでは
『ですが、【
申し訳ありません、と謝る桜もち。
ゲームを有利に進める情報スキルであるAIの桜もち、それがわからないということは希少な状況なのか、それとも--
「レベルが上がればわかるようになる?」
『はい、レベルの上昇や一定以上の情報収集で私のアクセスできる領域は拡張されます』
スキルには【Lv.】表示のあるものがあった。【ナビゲート】には表示がなかったがレベルがないモノでも強化できるということか。
「わかった。それならこのままでもいいや」
いいや、というより仕方ない【注視】の影響はわからない。わかっているのは電車で目があったナニカが切っ掛けということだけ。どうすれば解除できるのか、対抗できるのか、対処法はわからない。桜もちとの会話で効果がグッドバッドどちらかの可能性があると知れた。良い事の可能性もあるのだ。
わからないものは沈黙せざるをえないように、どうしようもないものは無視するか許容するしかない。
「とりあえず、地上に戻ろうか」
意識の切り替えを兼ねて桜もちに方針を投げる。
『いいえ、戻る必要はありません』
「えっ?」
『ここも目的地のひとつ。ダンジョンです』
駅の時刻表には【
「それなら改札を出てみようか」
『はい、上に行くにしてもまずは探索をしてみましょう。この場所に来るのはなかなか出来ないことです』
「確かにそうだ」
あのランダム発生する落とし穴イベントで偶然電車に乗ってたどり着いたのだ。そうそう来れるものではないだろう。
ユニークアイテムもあるかもしれない。
改札へ向かうためにホームの階段を上った。
ちなみに時刻表の表示を過ぎても電車は来なかった。あの電車はいったいなんだったんだ?
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