第3話
扉を潜ると荒野だった。
「……きれいっ」
おお、びゅーちほー。素晴らしいグラフィック。退廃とした荒涼さを感じるアートテーマ、現実と比べても違和感など無い美しさだ。
でも、眩しい。
美しい斜陽だがそのせいで遠くまでは見通せない。日差しに背を向けると、崩れた建物の向こうに大きな壁が見えた。
急がなくては。
アムネシア・オンラインの時間進行は現実と連動している。夕日が強いということはここから夜になるということだ。暗くなった状況で初心者がうまくゲームをプレイできるか?
「ここはどこ?」
桜もちに問いかける。早く
『ここは
「あの壁の向こう?」
先ほど見えたあれ、ビル3階分くらいはあるのではないか。
『はい。あの先に人類に残された数少ない拠点、『伏谷南商店街復興地』第一拠点があります』
「その商店街にギルドがあるの?」
さきほど見た自分のステータスを思い出す。
ジョブ、スキルともに空欄だった。
本格的にゲームのことは調べていないが、導入ぐらいは確認している。この世界のNPCから習うことや特定の装備を持つことなどで、ジョブを獲得。そしてジョブ由来のスキルを手に入れると。
『はい。まずはそこでジョブに就きましょう』
葛もちは拠点に向かって歩みを進める。
『ジョブのことは知っているようなので、あの拠点で選べる最初のジョブを開設しましょう』
歩くのをやめて駆け出した。
気持ちが抑えられなくなっていた。
壁にたどり着く少し前、息苦しくなって駆け足が止まる。歩くことしかできなくなる。スタミナがなくなったということだろうか。常時表示でパラメーターが見えないというのは厄介だなあ。
設定で弄れないのかなぁ。
走ることをやめたからか、思考がぶれた。葛もちは気になったことを口にした。
「ところで、第一拠点って呼び方が普通なの?」
「いいえ、管理側の呼称です」
それは僕が知ってもよかったのか。
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壁に近づくと気が付いたけれど、これ瓦礫だ。ビルなどの建造物が壊れたものを積み上げて作られている。
壁沿いを進むと木材を枠組みに穴を見つけた。高さは4メートルほど、扉は無いが壁の厚さから立派な門となっている。
「珍しいな、見ねえ顔じゃねえか」
地面に槍を立てた男が声をかけてきた。青い服、警察を意識したデザイン。見張り番というやつか。
「そうですね、今日初めて来ましたから」
「そうか、3か月ぐらい前にはお前みたいなのがいっぱい居たんだがな」
ゲームの開始時期だ。出遅れているとは分かっていた。
でもまたゲームは始まる。シーズン制なのだ。今回はテストだと思えばいい。
「居たにしても一体どこにいたんだか」
首をかしげながら男は言う。
「あんたも何も知らないのか?」
どういうことだ?
疑問は口に出す前に桜もちが答えた。
『この世界は既にほとんど滅んでいます。だからどこかから現れたプレイヤーを疑問視する者もいるんですよ』
なるほど。そしてプレイヤーの大半は理由を答えられないから『知らない』というのか。
「気が付いたらあそこにいたんです」
葛もちは今来た方へ振り返り指をさす。そして男の方へ向き直り--
「なにも覚えてない。それでも、わかりますよ。--俺はクリッターを倒さなければいけない」
薄っすらと微笑んでやった。
「そうか、そうか、そうか!」
男は片手を槍から放して葛もちの手を取った。
「ありがとう、お前も人類の為に戦ってくれるんだな!」
ブンブンと上下に振って歓喜する。
----怪物、クリッター。このゲームに出てくる敵性。名称くらいはゲームを買う際に調べて知っている。
「ギルドはこのまままっすぐいって突き当たって左だからなぁ!」
男の言葉を背に葛もちは拠点へ入った。
ロールプレイ成功しすぎたかもしれない。
『よかったですね』
桜もちの言葉に手のなかの革袋を見つめた。
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◇アイテム
【革袋(小)】
こげ茶色の革袋。紐を絞って封をする。掌に収まる程度のものをしまうことができる。
内容物:2,000円
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商店街というだけあって壁の中はアーケード街だった。所々壊れていたり、耐震補強みたいに木枠がつけられている。屋根はすべて取り払われている。直すより早かったのだろう。
栄えていない田舎の商店街みたいに疎らに店が開いていた。人気がないのか、人手がないのか、建物設備の問題なのか。
冷やかすように眺めながら葛もちはギルドに向かった。
このゲームではまずジョブが大事だ。
就職の仕方は様々だが、一番簡単なのは拠点で職業訓練を受けることだと、桜もちは言った。いわゆる最初の町なだけあって、初級ジョブだけで8つも選べるという。
やばい、わくわくする。
ギルドはアーケードを抜けた先にあった。何もなくなった場所に作ったのだろう、木造建築だった。
扉を開くと人気がなかった。
もうすぐ夜だし、ゲーム開始から時間もたっている始まりの町にプレイヤーもほとんど残っていないのだろう。
『あちらですね』
桜もちの声は方向見たいなのを感じる。バイノーラルってやつだっけ。クラスのアホどもが「声優がー」「シチュエーションがー」と騒いでいたことをふと思い出した。エロいだけじゃなくて便利なんだな。
仕切りのあるカウンターの上にオレンジに染めた髪が広がっていた。
「……すぴーっ」
受付嬢ってやつか、くすんだ茶髪がうつ伏せになって寝息をたてている。
「NPC仕事しろっ!」
葛もちは右手を垂直に振り下ろした。
「あでっ!」
後頭部をさすりながら受付が顔を起こす。可愛いキャラデザなんだろう、目ヤニさえついてなければ。
「おはよう」
「お、おはよう、ございます」
葛もちのあいさつに困惑しながら返事をした。
「初めてなんだ、どうすればここを使える?」
「初回登録ですね、畏まりました」
受付は居眠りしていた事実を無視して対応を始めた。机の下をごそごそしたかと思うと、カウンターに敷かれていたマットをどけた。よだれで地図が出来上がっていたのは気が付いているからな。
マットの下には木材ではない部分があった。
「こちらに手を翳してください」
受付の指す場所に葛もちは右手を翳した。赤い光が奔った。何かを読み取ったみたいだ。
「下から出てきますので受け取ってください」
下? 葛もちはカウンターの下に顔を入れる。
木造なのを活かしてか機械がはめ込まれているようだった。金属部にスリットがあり、そこからなにか出てくる。カードダスだこれ!?
銀色の金属でできた名刺大の長方形。
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葛もち
RANK:E
ジョブ:--
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「なにこれ?」
「ギルドの証明証です。こちらを所持していただいていますと、クリッターの討伐などが記録されます」
「つまり倒した敵のドロップなどを持ってこなくていいのか」
「はい、クエストなどで討伐が必要な場合は完了後こちらでご提示ください」
「便利なんだなぁ」
どうやって記録するんだろう。ゲームだから、っていう適当な理由はありそうで嫌だなあ。
「それでは当施設の使い方を案内--
「それより、はやくジョブが欲しいんだ!」
スキップ、スキップ。待ちきれないよ。
僕は頭の中でCtrlキーを欲していた。
「職業訓練ですね」
待ってました。
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アムネシア・オンラインではジョブに就く条件のひとつに、スロット制限がある。初級、中級、上級とジョブのグレードごとに1つ、2つ、3つと必要なスロットが増えていく。ゲーム開始当初はスキルスロットは1つだけ。
この拠点で就職できる初級ジョブは8つ。
『剣士』『傭兵見習い』『弓使い』『衛兵見習い』『槍使い』『斧使い』『調理師』『冒険家』
このうち傭兵見習いと衛兵見習い、調理師は就職クエストが必須で時間がかかるそうだ。
だから俺は----
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Name:葛もち
HP:100
MP:10
SP:21
US:【ナビゲート】
ジョブ:【冒険家】Lv.1/30
スキル:【観察Lv.1】【発見Lv.1】【解除Lv.1】【重量軽減(微)】【熱影響軽減(微)】
装備
頭:新しい安全帽
片腕:万能ナイフ
上半身:新しい冒険服
下半身:新しい冒険服
脚:決意のブーツ
アクセサリー:小影狼のマント
アクセサリー2:初心者のゴーグル
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職業は冒険家にした。
攻撃や回避の補助ができるスキルが欲しかった。本気で欲しかった。
それならあの中なら冒険家と調理師以外から選ぶべきだ。わかっている。
それでも【冒険家】には大きなメリットが2つある。
全て桜もちから教わったうえで選んだのだ。
まず就職速度だ。
アムネシア・オンラインは選択肢をポンっと選んで就職できるゲームとは違う。親切心か初級職のほとんどは武器の使い方を教わったり、職業らしい行動を教わることチュートリアルを終えると同時に就職する。
衛兵みならいと調理師にいたっては訓練は3日4日と日を跨ぐらしい。代わりに大量の経験値が貰えるらしいが、今の葛もちにそんな時間はない。
それに引き換え【冒険家】は就職訓練がない。
正しくは一定以上の知識が必要とのことだが、桜もちのカンニングを利用して本来資料を読破しなければいけないチュートリアルをスキップできるのだ。
そして経験値の問題。
シーズンリセット制を導入しているアムネシア・オンラインはジョブのレベルもリセットされる。リセットを免れる数少ないモノに『ユニークスキル』と『ユニークアイテム』がある。
ではユニークアイテムはどこにあるのか。
誰にも分らない。だから手に入れることができれば次のアドバンテージになる。
まだだれも訪れていないダンジョンならユニークアイテムがあるかもしれない。
その為の冒険家だ。
このゲームの舞台--夏芽屋市は東西にすこし長い形をしている。そして現在地は5等分すれば西から2つ目。中央よりにいるってことだ。
現在シーズン2の終盤、ゲームは東の方角に開拓が進んでいるらしい。
理由は西の方面は要求が高いのだ。
西へ向かい、荒野を抜けると待っているのは黒い砂漠。日中は高温の環境に徘徊型モンスター、日が落ちれば極寒。いつも風が強く砂が舞い、視界は悪くなぜかダメージを受けることもあるとか。
冒険家はデフォルト装備に『ゴーグル』が付いてくる。
有効視界は狭まるが砂による影響を防ぐ。それにロールプレイで獲得した資金を元手に耐熱効果を気持ち伴うマントも購入済みだ。
桜もちが近隣のダンジョンを把握している。
ギャンブルをしてみる価値はあると判断した。
戦闘スキルは経験からも発生すると桜もちから教わっている。
とりあえずこのサバイバルナイフみたいないろいろ出来そうな加工の入った、鉈のような厚手の刃物で、切って切って斬ってみればスキルのひとつくらいなら手に入るかもしれない。
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◇インベントリ
スロット:9/27(+10)
・ツギハギの充てたバックパック:アクティブ(+10)
・初心者の丸盾
・テント
・寝袋×2
・小回復薬×3
・アンチポイズン×2
・携行食糧×3
・魔術教本【トーチ】
・空の革袋(小)
※アイテムインベントリはスロットひとつにつき、アイテムを一種類収納可能。
※アイテムによって同一スロットへの収納数は変わる。
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