第2話
「あいる、びーばっく!」
記憶の間に帰ってきた。
大変だった、大変だったよう。
ログアウトしてみれば、室内気温は40℃手前。マニュアルを読み込みながらVRギアを再起動。エアコンの電源をつけたけど、既に出た汗でびちょびちょ、下着までぐっしょり。シャワーを浴びてパンツを着替えた。いざログインと思えば、緊急停止の為、AIによるメディカルチェックがあってさらに時間がかかった。
『おかえりなさいませ』
僕の発言にジュリエットはつっこまなかった。
-------------------------------------
気を取り直して、設定再開。はやくゲームを始めたい。
消えてたりしないかぁ、と思いながら視線を移す。
机の上には『あんけーと』があった。
さっき強制ログアウトの前に見たのは間違いでは無かった。
2センチはある厚みの髪の束。上部に穴が開いており、黒い蝋紐で閉じられている。
ぺらり、とめくってみる。
『Q:あなたの好きな色はなんですか』
『Q:あなたの好きな食べ物はなんですか』
『Q:あなたの家族構成を教えてください』
『あなたに近いのはどちらですか【犬】【猫】』
『普段のあなたはどちらですか【よく外で遊ぶ】【家の中で遊ぶ】』
『Q:あなたの自慢はなんですか』
『Q:あなたに兄弟がいるとしたらあなたは兄ですか、弟ですか』
………………
…………
……
本当にアンケートだ、これ。
「全部回答するの?」
一体何問あるんだよ。
『可能な限りすべてご回答ください』
ジュリエットは言い切った。
「……はい」
諦めよう。これを答えないとゲームが始まらないんだ。
キャラメイクにアンケートがあるなんて調べても出てこなかった。ユニークスキルは本を選ぶことでランダムに決まる、と攻略wikiにも書いてあった。
どんな『本』を選んだ? ってスレ、超面白そうだった。
でも俺は参加できない。
つまり、このアンケートはある種の特別なのでは?
期待に胸が膨らむ。
-------------------------------------
『Q:あなたの夢を教えてください』
A:第一希望、人にかかわらない仕事
『Q:規律は守るべきだ、Yes or No』
A:Yes
『Q:あなたのそばにペットがいます、どんな生き物ですか』
A:兎
『あなたができるとしたらどちらがしたいですか【深海までのダイビング】【どこまで自由に空を飛ぶ】』
A:【ダイビング】
『あなたが見るとしたらどちらの映画【恋あり涙ありの学園ギャグコメディ】【殺陣が映えるアクション活劇】』
A:【アクション】
………………
…………
……
-------------------------------------
やっと最後の1枚だ。
何問答えた? 少なくとも100問以上はあったぞ。
『好きな動物はなんですか』と『生まれ変わったらどんな動物になりたいですか』と『どんなペットを飼いたいですか、または飼っていますか』とかどんな違いがあったんだこれ。
『Q:あなたは何がしたいですか』
これは僕個人のことか、それともゲームでのことか。
最初にゲームを知った時のPVを思い出す。
舞台は日本の地方都市、何らかの理由で荒廃し人類が滅びかけた世界。映像で流れた謳い文句には【生き抜け!】と【真実を求めて】とかあったなぁ。
しばし考える。
ゲームは好きだが、腕前に自信はない。RPGではあるが、VRゲームは自身の身体能力や戦闘時のセンスが重要だ。ゲーセンでやりこんでいたからわかる。自分は特別上手いわけではないと。
だからこそこのアムネシア・オンラインを選んだ。
このゲームはジョブ・スキル制。最終的に豊富にスキルを駆使することになる。そしてVRゲームには行動補正が付きものだ。
やったこともない人間にバク転で攻撃回避とかできないだろ。
だからこそ補正が多く取れるだろうタイトルに手を出したのだ。
それでも、僕に戦闘が十分にできるだろうか。
補正があるのは他のユーザーでもいっしょなのだ。
対人にしろ、対モンスターにしろ。
比重をどう置くか、というのなら----
-------------------------------------
『Q:あなたの名前を教えてください』
最後の質問だ。
御笠数馬--ではない。そういえばキャラクター名を決めていなかった。
まてよ、どうする。
「ジュリエット、名前に漢字は使えるの?」
『漢字の使用は可能です』
その時、数馬の頭にひらめきが下りた。
正しく言えば昨日食べた食べ物だ。
----葛餅
迷わずアンケートに書いた。ステータスに表示されたときの見ためを気にして『葛もち』と。
すると目の前のアンケート束が薄緑色の光に包まれる。
『あんけーとノ回答をかくにん。……すキルの生成プロセス、最終だんカいを実行』
どこからか女性の声でアナウンスが聞こえる。ジュリエットとは別物だ。どこか幼さを感じるような、たどたどしいイントネーションだ。
アンケートの光が強くなって、紙が消えた。
『スキルの生成完了。はじめまして』
気が付けば光も消えていた。
『おめでとうございます、無事スキルを習得できましたね』
ジュリエットが声をかけてくる。
「それでどうすれば確認できるんだ?」
『ステータス確認、と唱えてください』
数馬の質問に答えたのは先ほどのアナウンスだった。
その声に従う。
「おおっ」
目の前にA4用紙ほどのコンソールがARのようにPopした。
-------------------------------------
Name:葛もち
HP:80
MP:10
SP:12
US:【ナビゲート】
ジョブ:【---】
スキル:---
装備
頭:---
両腕:---
上半身:気潰した上着
下半身:気潰したズボン
脚:擦り切れた靴
アクセサリー:---
アクセサリー2:---
-------------------------------------
【ナビゲート】
これが僕の--いいや、
USってのはユニークスキルの略省かなにかかな。
『確認いただけましたか?』
葛もちの頭に声が響く。
「確認できたよ。ところでキミは?」
『わたしはあなただけのナビゲート。サポートAIです。よろしくおねがいします』
つまりこの声が自分の質問に答えてくれて目的まで補助をしてくれるというわけか。ナビゲートスキル、すごくないか?
情報アド爆裂じゃないか。
それにしても----
「キミの名前は?」
ナビゲートはスキル名だ。ジュリエットのような識別名は割り振られてないのか?
『わたしは、今誕生しました。名前はございません』
あのアンケートを参考にAIを作ったってこと?
「そうか。…………じゃあ、桜もちで」
『はい?』
すこし戸惑う声がした。
「名前が無いと不便があるかもだから。桜もちって呼ぶね」
深くは考えなかった。
自分が和菓子の名前だから、と同じくくりを使っただけだった。
今は道明寺おいしいよね、ぐらいしか考えていなかった。
『わかりました』
『よかったですね。名前をいただけて』
ジュリエットが桜もちに声をかける。決していい名前だねとは言わなかった。
桜もちにいくつかの質問をした後、ナビゲートは情報アドを生み出すという推測に間違いがないことを確認してほくそ笑むを浮かべていた。
そこに声がかかる--
『それではあの扉を潜るとあなたの冒険が始まります』
ジュリエットが言うと部屋にあった唯一の扉から光が挿し込む。
そうだ。キャラメイクはようやく終わり。早くゲームがしたい。
「いくよ」
『はい』
葛もちは桜もちの返事を待ってから扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます