第1話
やっと、やっと、やっとだ。
届いたばかりのVRギアを延長コードで拡張用に発注したPCへと繋ぐ。身体を支えるための専用に設計された肩甲骨まで支える枕型サポートをベッドに置き、家中のネット接続機能がある電子機器の電源を切った。
「はじめまして、
御笠数馬は浮かれていた。
大学生になって解禁されたアルバイト。友達が限りなくいない数馬は、はじめての夏休みをほとんど肉体労働に捧げ、9月になってやっとこさVRゲーム専用機器とそのスペックを上げるための専用パソコンが完成したのだった。
再来週には大学が始まる。そんなの関係ない。
開け捨てられた空箱で1Kの自宅は散らかっている。そんなの気にしない。
早くゲームをしたかった。
「レッツゲーム!」
今は2028年9月3日。
エアコンの電源はついていない。
せっかくの初体験だ、少しでもネット回線と電源を確保しよう、と。
超高速通信専用回線を引いているのにケチくさく思った。
20分後、現実の身体の異常を知らせるアラームによって、キャラクターメイキングの途中でこの現実に帰る羽目になった。
夏は未だ終わらない。
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2022年の無線送電システムの完成を端に科学技術は飛躍した。むしろワープしたとも言っていい。そうメディアの
そして、VRゲーム!
五感全てを再現するシミュレーター性能と大人数で接続できるサーバーと通信網。ゲームと呼ばれるものの次元が変わったのだ。
そのうちの一つ。
『アムネシア・オンライン』
最近発売されたVRゲームのなかでも評判が二分されるタイトル。
謎の現象で荒廃した、現実の地方都市を舞台としたMMORPGだ。
--他とは違う自分になれる。
このゲームはキャラメイクの際に絶対誰ともかぶらない特別なチカラが手に入るのだ。
やらないわけがない。
だって特別な自分って憧れるよね。
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頭の奥を押されて、服を脱ぐような感覚。
うへへ。
懐かしさに口元が緩んだのを自覚する。
気が付けば果て無き本棚に囲まれた書室にいた。
『どうぞ、お座りください』
どこからともなく声が聞こえる。聡明そうな印象を受ける女性のものだ。
声に従って、部屋の中央にあるテーブルを囲む黒い革張りのソファに座る。
『ようこそ、アムネシアオンラインへ。私は初期設定補佐AI、ジュリエット。ここは記憶の間』
へー、記憶の間。へー、だから本がいっぱいの書室なんかなー。
なんお記憶? ゲームのタイトル伏線かなにか?
でも初期設定する場所ってことはまたここに来るってことはないのでは?
『最初にアバターの生成から始めます』
目の前のテーブルに僕が現れた。薄っすら向こうの見える投影映像だ。
股間はさすがにモデリングされてないがほぼ限りなく現実の僕だ。
167センチ、170に届かない残念サイズ。
『このままでもゲーム開始可能ですが、カスタマイズを行いいますか?』
「もちろん!」
現実の僕のままRPGするとかぶっちゃけアリエナイ。
勢いよく答えた数馬のアバターの横にパラメーターが表示される。身長、体格、体重、色彩、細かく弄れるようだった。パラメーターを触ると肩幅、胴、首、腰、脚、といったさらに細かいパラメーターが出てくる。
「ジュリエット、性別は変えられないの?」
当然の疑問だ。
オンラインゲームといえばネカマプレイ。
数馬にする気はないが。他にも見下ろし型のゲームなんかでは男のケツ追っかけてゲームしたくねぇ、って意見はある。数少ない友人も連綿と続く怪獣育成ゲームでは女主人公を選んでいた。
『性別は変更できません。操作性維持の為、アバターの素体はVRギアでスキャニングしたものを利用します』
「なるほどなぁ、ネカマできないのか」
『可能ですよ』
「えっ?!」
曰く、女性のふりをしているユーザーはいるそうだ。
確かについているだけだもんなぁ、元がある程度イケてりゃここで弄って女装フリはできるのか。
だが、僕には関係ない。そんなフリする気はないのだから。
試しに身長のパラメーターを弄ってみる。限界まで。
8センチ伸ばせた。夢の170越えだ。
だが待てよ、空しくないか。
大学生になった今、現実で170センチを超えることはもうないだろう。だからと言って自分そっくりの身体で身長を伸ばすというのはどうだろう。シークレットシューズを履くようなダサさがないか?
そう考えなおして今度はパラメーターを逆に動かす。
9センチ縮んだ。158センチ。
いいのではないだろうか。特別サイズにコンプレックスがあるわけでも無いし、体重のパラメーターが下がっている。これはもしや速く動くのに関係していくのでは?
身長は最低に変更して、リーチ確保狙いで腕を少し伸ばす。
チンパンジーみたいなあからさまにバランスが変ではないから良いのでは?
身体が終われば後は顔だ。
むしろ人によれば顔から始めるかもだけれど、自分はこのままでも不満はない。
数馬は特別自分を不細工ともイケメンとも思っていなかった。自分がどう見られているかですら気にしていなかった。
だって、他人と関わることすら出来ればしたくない。自分の裡に
だって
「ねえ、顔のカラーパターンだけどさ、ランダムってできる?」
『可能です』
「じゃあよろしく」
『畏まりました』
変更と告げる効果音なのだろう、キラリっと光ような音がしてアバターが組み変わる。
鳶色の髪、肌は日焼けが少し入った感じになり、瞳の色は緑色だった。
これなら派手でもないし、もうこれでいいか。
「キャラメイク終了で」
『以後、キャラクターメイクは一部イベントを除く
「わかったよ」
『それではアバターを起動します』
また同じキラリ、の効果音がして目の前のアバターが消えた。
数馬の身体がアバターものに変わった。
『それでは、次にユニークスキルの生成を開始します』
----ユニークスキル
アムネシアオンラインの賛否のわかれる3大理由のひとつ。
名前の通り、ユニーク--自分ひとりだけの完全オリジナルの効果を持つ、唯一無二のスキル。
AIによる管理・生成が行われ、類似の効果はあっても同一のものは存在しないとか。
この為キャラクタークリエイトをやり直すリセットマラソンが発生が発生したのだが、どれだけやり直しても一度決まったものの類似効果ばかりになるんだとか。不満でるだろうよ。一発限りのギャンブルとか人生かよ。
大学卒業後とか考えたくねぇなぁ。
『それでは、お好きな本をお取りくださ--』
本棚が色とりどりの光を放ちだし、数馬がジュリエットの言葉に促されてソファから腰を上げようと--
どさどさっと鈍い重みのある音を立ててどこかから机の上に紙の束が落ちてきた。
気が付けば周りの本棚の光は収まっている。
「……これ、なに?」
本を選ぶんだよね。選んだ本からスキルができるんだよね。僕、知ってる。
『……そ、それがスキルのようですね』
「なんだ、そりゃーーっ!?」
ひどいや。
ワクワクしながら本を選びたかったのに。
落ち込む僕の耳に、どこからともなく甲高いブザー音が聞こえる。
目の前にARのような警告がポップアップする。
【VRギア周辺に高温を検知!】【使用者の体温に異常を検知!】
「え?」
【安全の為、使用者の覚醒を開始します】
『どうやらセーフティが起動したようですね』
VRギアからフィードバックを受けたジュリエットが説明する。
【ログアウトを開始、3、2、……】
「そ、そんなぁぁぁぁっ!」
ユーザーを安全を守るためのセーフティなのだ。ユーザー側で停止できる道理はない。どうにかならないか、と周囲を見回す。スキル、と称された紙束に視線が吸い寄せられた。表紙に『あんけーと』とかわいらしい丸みのある文字で書かれていた。
【1……、ログアウト】
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