第4話

 10月に入っても屋外の音楽イベントというのは結構あって、登偉のバンドはローカルなものに出演していた。湯川は曽我部に誘われるたびに断ることなく、ついていった。登偉と直接連絡をとることもできたが、連絡をとっていることを曽我部には内緒にしておきたかった。

 登偉は、湯川の部屋に来る事が増えた。三人で飲んでいる時は、曽我部が席を外した際にそっと会う約束をした。登偉と曽我部が会っている間に湯川は酒やつまみ、聴くレコードを準備した。ただ単にテレビを見ながら酒を呑んで話すだけの時もあった。電車がなくなる時間だから、登偉が湯川の部屋に泊まるのは必然だった。


「俺、明日からベトナムに行くのよ」

 CUREで登偉のバンドの演奏が始まる前、曽我部はビールを飲みながら湯川に言った。

「え?仕事で?」

「当たり前だろ!だから……しばらく登偉とも会えないなー……」

「どのくらい行くの?」

「年内いっぱい」

「結構あるな。登偉くんには言ったのか?」

「まだ。その出張も行くはずの奴が行けなくなって突然決まったからなぁ……」

話の途中で登偉のバンドの演奏が始まった。2人は話すのを止めた。

 ≪We’re in love≫から始まって、オリジナル曲もはさみ、最後に選んだ曲は≪Stardust≫。傷心の曲で、歌の主人公は悲しい恍惚の中にいる。湯川は主人公に自分を重ね合わせた。違いは、登偉と湯川は過去にも現在にも恋愛関係ではないというところだろう。登偉に見入ってしまう理由が恋愛感情かどうか判断つきかねる。だが湯川は楽しそうに鍵盤を叩く登偉に見惚れざるを得なかった。


「お久しぶりです」

 ≪CURE≫の入口で合流すると、登偉は自分から湯川にあいさつした。

「久しぶり。今日も素晴らしかったよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、俺ら行くから」

 曽我部はそう言って、湯川と別れた。登偉は曽我部の隣をしばらく歩くと、後ろを振り返った。湯川がこちらを見ていた。


「今日、実はホテルとってるんだ」

 歩きながら曽我部は言った。

「しばらく会えないから」

 そう言われると登偉は曽我部を見た。

「明日から海外出張なんだ。年内いっぱい」

 登偉は表情を変えずに言う。

「ホテルの……ロビーのトイレまでなら行きますよ」

「俺と泊まるのがイヤ?」

 曽我部が困った表情で言うと、登偉は微笑んで言った。

「僕は誰とも泊まりません」


 曽我部はいつも通り、登偉の下半身をあらわにすると、いつもよりも大事そうに登偉の性器を口に含んだ。登偉に快感を与えるというより自分が彼の性器を味わうことに重点を置いた。登偉は曽我部の愛撫がいつもと違うことに違和感を抱いたが、いまは快楽に身を委ねることにした。出来るだけ早く終わりたい。いつからか、それだけを考えて曽我部との行為に臨んでいた。快楽が強くなり、頂点に達しようという時、登偉の頭には湯川の姿が浮かんだ。

「あぁっ……!」次の瞬間、登偉は声を漏らして果てた。

 精液を出し切ると、登偉は曽我部の肩を押さえ、性器を口から抜いた。性器を拭くのももどかしく、急いでボクサーとズボンを上げた。

「登偉」曽我部は彼の異変に気付いた。

「……帰ります」ズボンのベルトを締めると、棚に置いた自分のバッグを奪うように取って、個室を出た。ホテルのロビーラウンジのトイレだった。  


 登偉と出会ったのは彼のバイト先のバーであるが、その後に曽我部の≪行きつけ≫のバーで偶然再会して非常に驚いた。登偉と出会って間もない頃、バーの常連たちに登偉の評判を聞いてみた。行きずりの関係が多いのでは、と常連たちは口を揃えたが、よくよく彼を知る者はいなかった。登偉の若さや美しさも相まって曽我部はしばらく雑談以上の話をするのを躊躇していた。だが、そこから二人が関係を持つのに時間はかからなかった。


 去年のとある日の夕暮れ。すでに一杯やっていた曽我部は、行きつけのバーを出て、酔いを覚ましがてら桜木町から山下公園方面へ歩いていた。前から歩いてくる青年がぼんやりと見えると、曽我部には、その青年が登偉だと確信できた。かなり遠い距離であっても。

「登偉くん」

 距離が数メートルくらい縮んだところで声をかけた。登偉はすぐに気づいてくれた。

「こんばんは!」

「買い物?」

「はい、ライブの時に着る服を」

「もう帰る?良かったら呑みにいかない?」

 曽我部はなけなしの度胸を見せた。

「いいですよ。でも曽我部さん、もう飲んでますね」

 登偉はそう言って笑った。


 一軒目を出たところで路地裏でキスをした。

「抱きたい」

 唇を離すと、曽我部はそうつぶやいた。

「でも……ごはん食べちゃいました」

 自分を見上げる登偉の顔が子供のようで、心をかき乱された。 曽我部はなにも答えずに、もう一度登偉の唇をふさいだ。その夜を境に曽我部は登偉の身体に溺れていった。


 2人がホテルの部屋でなくトイレで性行為に及ぶのは、2人が関係を始めた頃からの登偉の意向だった。ベッドの方が登偉の身体を堪能できるが、登偉は密室で2人きりになるのを拒否した。曽我部が登偉を誘うのは性行為のためであり、自分が登偉に触れたい時にだけ彼を誘う。会えばすぐに行為に及び、性行為の後に食事に行くこともない。それは曽我部の体力が問題だった。

 曽我部は一度登偉に現金を渡そうとしたことがあった。登偉はかたくなに拒否した。

「ここで金を受け取ったら、すべての要求を受けないといけなくなります」

 そう言ったときの登偉の表情は忘れることができない。



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