第3話 彼女の秘密
「……では、次の世界に行きますよ」
「ぜーっ、ぜーっ」
私は肩で息をしているミヨさんの傍らでタブレットを構えます。
結局ついてきた彼女ですが、話を聞くとなんと勝手に私のハンコを捺して、中央役所に私の助手として職業登録したとのこと。
その事についてあのねーねーさんに問い合わせたら、
『書類に不備は無かったので決裁が既に済んでるんですよねー。データベースへの登録も終わったので、却下したい場合は一度役所の窓口までお越しいただき、解雇申請書に記入と押印を……』
と言われましたので、もういいですと電話を切りました。人生、諦めが肝心です。
仕方なしにこの仕事だけ、ミヨさんを助手にしたのですが……荷物を持ってもらったら、なんと彼女は歩き始めて数メートルでダウン。
持てるものを減らして何とか歩けるようにはなりましたが、すぐに休憩を申し出る始末。これは酷い。荷物持ちもできないとは、これは解雇すべきなのでは?
そんなことを考えながら出現したドアをくぐり、白い光に包まれた後、私達の目には砂埃が舞う荒れ地の光景が目に入ってきました。無事に移動できたようですね。
ただ一つ気がかりなのは。
「撃てーっ!」
そこかしこから野太い怒声と砲撃音が聞こえてくることです。
移動先の世界で戦争が起きていることは知っていましたが、まさか戦場に出てしまうとは。この時代の銃火器なら手持ちの携帯障壁で防げるので良いのですが、問題は。
「ど、どーすんのよ?」
ミヨさんの分がありません。一人で来るつもりだったので、今の手持ちは携帯障壁Sが一つのみ。
有事に備えて携帯障壁LLは常に持ってはいますが、あまり使いたくありません。高いので。それにこの時代の兵器で、LLが必要なものはなかった筈です。
となれば。
「私から離れないでください」
「わ、わかったわ」
携帯障壁Sの範囲内に、ミヨさんを置くしかないですね。勝手に死なれても困ります。今の彼女は助手である以上、ターミナルでの私の信用に関わりますし。
私に抱きつく形でミヨさんがくっついていますが、やはり小さいですね。小学生高学年くらいのイメージです。
「おい! あそこに誰かいるぞ!」
周囲の確認をしようと思ったら、鋭い声が飛んできました。うわ、見つかった。
「止まれ!」
はいはい止まります。と言うか止まっていますから。
「……何でしょうか?」
「貴様、何故ここにいる?」
異世界から来たので、とは言えませんね。ミヨさんは、怖がって私の後ろから出ようとしません。
「いえ。偶然この辺りに迷い込んだ行商人で……」
「おい、何事だ!?」
一人増えました。
「隊長、怪しい奴です! 行商人を名乗っていますが、我々に気づかれずに封鎖中の戦闘区域に入るような輩です!」
封鎖中ときましたか。と言うことは、ドアをくぐった先がこの人達の軍による封鎖範囲内だったということですね。うわぁ、これだからドアは。
「ほう……悪いがついてきてもらおう」
「……仰せのままに」
どうやら連行は免れないみたいです。このまま取り調べコースですね。タブレット等のバレたら不味いものは、しっかり隠しておきましょう。
そんなこんなをしている内に、私たちは軍の駐屯場らしき場所に連行されました。背中に銃を押しつけられながら歩くのは、何度目でしょうかね。
「……持っているものはこれで全部か」
「はい」
とりあえず隊長とやらの前で、この世界に合うものだけを出しました。身体チェックも受けましたが、タブレット等は違う世界の技術で隠してありますので、見つかる訳がないでしょう。
ミヨさんも同様に身体チェックを受けています。ボロ布しか纏っていない彼女の何を検査するというのでしょうか。どうでもいいですけど。
「とりあえず行商人ということは解った。持ち物にも特に不審な点はない。だが、お前らが敵国のスパイであるという疑惑は消えない。だから……」
乾いた銃声が響いたかと思うと、隊長に拳銃で撃たれました。ミヨさんが叫んでいます。
「こうする」
「なる、ほど……」
撃たれた脇腹が尋常じゃ無いくらい痛いです。思わず膝をつきました。こっそりと回復用の携帯呪文を起動させておきましょう。
「さあ吐け。お前はスパイなんだろう? 目的はなんだ? 言えば楽になるぞ」
それってお陀仏ってことですよね、絶対。何も言わないでいると二発目を撃たれました。回復中にまた同じ箇所を撃ち貫いてくるとは、いい腕してますねえ。
「話さないなら、次は心臓だ」
どうしましょうか。携帯呪文を起動して一網打尽にすることはできますが、あまり大事にしたくありません。また始末書になりますし。
「やめてよ!」
すると、ミヨさんが私の前まで駆け寄ってきました。手を精一杯横に広げ、小さい身体で私をかくまってくれています。
「ランバージャックさんに酷いことしないで! 確かに冷たいしぶっきらぼうだし丁寧に喋る癖に面倒くさがりだけど……」
酷い言われようです。
「それでも、わたしを助けてくれた人なんだから!」
「ほう。健気な嬢ちゃんだな……」
ナイス時間稼ぎです、ミヨさん。この隙に作戦を……。
「だが知らんな」
その瞬間。ミヨさんの頭を弾丸が貫きました。貫通した弾が、私の頭上を通り抜けます。
「ミヨ、さん……」
びっくりしている一方で、やけに冷静な自分がいます。ミヨさんは脳天を打ち抜かれて、今まさに死のうとしている。
ゆっくりとこちらを振り返りながら倒れていくミヨさんは、何故か笑っていました。そのまま彼女は床に倒れ伏します。
「……チィ!」
周りはゲラゲラ笑っていますが、こうなればなりふり構っていられません。さっさとこいつらを始末して、間に合う内にミヨさんをステーション内の蘇生室へ。
「お、おい、あれ!」
突如として、兵士らが声をあげました。私に至っては、びっくりして声も出ません。
何故なら、倒れた筈のミヨさんが、ムクリと起き上がったのですから。
「ね、大丈夫でしょ?」
起き上がったミヨさんは私の方を振り向きました。
打ち抜かれた額の傷が独りでに塞がっていく中、彼女は笑っていました。脳天を打ち抜かれていました。明らかに致命傷の筈でした。にも関わらず、彼女は笑っています。
「う、うわぁぁぁあああああっ!」
混乱した隊長が、ミヨさんに向かって拳銃を乱射します。しまった、携帯障壁が間に合わない。
身体の至るところに弾丸を撃ち込まれたミヨさんは、膝をつきます。
「……そのくらいじゃ、わたしは死ねない」
しかし、彼女はまた立ち上がりました。流れ出る血もやがておさまり、彼女は顔についた血を手の甲で拭っています。
そんな馬鹿なことがあるのか。拳銃で撃たれて復活する人間がいるなんて。頭や胸などの急所に、何発も入っていたようにしか見えなかったのですが。
「ば、化け物だ!」
「殺せぇ!」
やがて、中に人が集まってきて、各自が持っている銃が一斉にこちらに向けられました。流石に不味いです。
「展開ッ!」
距離的にもやむを得ないので、携帯障壁LLを切りました。透明かかった青白い六角形の障壁が幾重にも展開され、私たちの周りを球状に覆います。
「な、なんだこれは!? 銃が効かねえ!」
「大砲だ! 大砲を用意しろ!」
「……わたし、死ねないの」
周りがドタドタと慌ただしい中、何故かミヨさんの声だけはやけにクリアに聞こえます。
「わたしは、不老不死の研究の実験体。その研究の、唯一の成功者……だから、何をされても、死ねないの」
何をされても、と彼女は繰り返しました。死なないではなく、死ねないと、そう言っています。
「……解りました。詳しい話は、また帰ってからでも」
「……うん」
概要は分かりました。今はそれで十分です。
「撃て撃て撃てーっ!」
とりあえず、今はこの場を切り抜けましょう。めっちゃ撃ち込まれてますが、この世界の大砲程度では携帯障壁LLは破れません。ようやく傷も回復してきましたし、先ほどのお返しをしましょう。
「
私は呪符を取り出すと、呪文で起動させます。呪符が光ったかと思うと、辺り一帯が炎の海と化しました。
「ぎゃぁぁぁあああああっ!」
「な、なんだこの炎は!?」
「やばい! ほ、砲弾に引火す……」
そんな声と共に爆発が起こります。障壁の中で良かった。あの中にいたら死んでしまいますよ。
「では、逃げましょうか」
「うん」
阿鼻叫喚の火炎地獄の中、私はミヨさんの手を取りました。そしてもう片方の手で別の呪符を取り出して、起動させます。
「
一陣の風が私たちを包んでいきます。そして、私たちは風の中に溶けていきました。
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