第2話 世界のお話


「……洗浄も完了しましたねー。特にウイルスの感染等もないので、これで検査は以上になりますねー。こちらが一時滞在許可証ですねー。身分証にもなりますのでなくさないでくださいねー」


「ど、どうも……」


「あと、ランバージャックさんは申請なしにこの子を連れて来られたので、規定違反による違反金をお願いしますねー」


「……はい」


 私は今、例の乞食少女を連れて、ターミナルの中央役所の窓口にいます。窓口にいるスーツ姿で青い短髪のお姉さんが、慣れた様子で説明してくれます。


 始末書も出しましたが、無許可で異世界から人を連れて来たということで、かなりの額を持っていかれることになりました。我ながら、自分のふがいなさを呪います。


「急に来られると住居の用意もできないんですよねー。ですから、しばらくはランバージャックさんの所で預かってくださいねー」


 いくつかの話を聞いて、ようやく終わりました。窓口のねーねーが口癖のお姉さん――ねーねーさんに頭を下げて、私達は中央役所を後にします。


 そのまま歩いていき、私の事務所兼自宅に到着します。応接室で二人で対面して座り、お茶も出しましたので、早速お話をしましょう。


「さて。まずは名前を教えていただけませんか?」


「へ?」


 私の質問に彼女が固まります。何を鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしているんでしょうか。


「さ、さっき言ってなかったっけ?」


 ああ。そう言えばさっきの窓口で何か言っていたような気もしますが、よく聞いていませんでした。私は始末書を書いていましたので。


「聞いてなかったのでお願いします」


「…………ひ、被検体No.34、よ」


 それは名前ではありません。


「貴女の境遇はいいので、名前を教えていただけませんか?」


「……ないのよ」


 ないって何が。


「名前が、わからないのよ……」


 そうなんですか。


「連れていかれてからずっと番号で呼ばれてて……頭も弄くられて、名前、が……」


 あれ?


「少しお待ち下さい」


 では、中央役所ではどのように登録されているのでしょうか。タブレットを取り出し、通話にて問い合わせます。


「ランバージャックです。先ほどの件についてですが……」


『さっきの件ですねー。すみませんが、まだ住居は用意できませんねー。それともその子と住むことを決めたというお話ですかねー?』


 断じて違います。


「そうではなく。この子の名前なんですが……」


『ああー。その子確か、申請書には被検体No.34って書いてありましたねー』


「……そのまま登録されているのですか?」


『そうですが、何か問題がありましたかねー?』


「……いえ別に」


 詳しく掘り下げると面倒なので、ありのままで受け入れて追求しない、ということですか。なるほど、勉強になりました。役所の仕事なんて、どこもそんなもんですよね。


『まあ私達の間じゃ呼びづらいんで、34だから"ミヨ"ちゃんって呼んでますけどねー。ご用件は以上ですかねー? それとも私にデートのお誘いですかねー?』


「断じて違います」


 このねーねーさんは、いつもこんな調子です。


『たまにはデレてくれてもいいと思うんですよねー』


「気が向いたら。では、失礼します」


 タブレットを耳から離し、通話を終了します。


「ど、どうしたのよ。何か、あった?」


「いえ別に。では名前が無いようなので、ミヨさんと呼ばせていただきます」


「み、ミヨ……?」


「34なので、ミヨさんです」


 嫌と言われたら面倒ですが。


「ミヨ……わたしの、名前……」


 どこか嬉しそうに見えます。


「……うん! わたし、わたしミヨ!」


「ではそういうことで。話を始めましょう」


「アッハイ」


 嬉しそうなのはいいのですが、サクサク行きましょう。この後も仕事ですし。


「私の名前はランバージャック。このターミナルと呼ばれる場所で、異世界行商人を個人で営んでいます」


「い、異世界……?」


 まあ、そこですよね。


「異世界行商人というのは、色んな世界や時間を巡って、顧客の欲しいものを調達し、販売する仕事です。貴女がついてきた光輝く四角い扉。ドアと呼ばれるものを使い、私達は異世界を回ります。世界は、貴女がいた場所だけではありません」


 日々色んな世界が発見、そして滅亡していますからね。


「じ、じゃあここは……」


「はい、ここは違う世界です。ここでは貴女のいた世界の常識、習慣、通貨は通用しません。なので貴女の境遇も関係ありませんから、安心していいんですよ」


「そ、そうなんだ……」


 はい、そうなんです。


「そして、このターミナルと呼ばれる場所は、そうしたドアを扱う人々が生活する場所です。管理しているのは、さっき行った中央役所。偶然ここに迷い込んでしまった貴女は、今は一時滞在者の身分です」


「は、はあ……」


「そして、貴女には選んでいただきます」


「選ぶ?」


「はい。ここに留まって仕事をするか、ここでの記憶を無くして自分の世界に帰るか、です」


 二者択一。人生とは、選択の連続です。


「ここに留まりたいなら、ここで仕事をしてもらうことになります。異世界の存在を知った人をここに集めておきたいという、中央役所の意向ですので。帰りたいなら、異世界の記憶を消して元の世界に帰します」


 そう決まっているので、従うしかないですよね。まあターミナルと契約を結べば、記憶を消さずに元の世界に帰ることもできますが。


「……帰れ、るんだ」


「帰りたければ」


 もっとも。最初の言葉を思い出す限り、帰りたくなさそうですが。


「……帰りたく、ない」


 少しの間があった後、ミヨさんは口を開きました。


「本当に?」


「帰りたくない! あんな所なんかに帰りたくないッ!」


「では、ここで働きましょう」


 良かった。そう言うと思って、就職申請書と住居申請書をもらっておいて。


「現在働ける場所はこの一覧にあります。自分で起業する場合は、備考欄にその旨を記載してください。後は住居の申請と、ここで生きていくという同意書。当面の生活費と日用雑貨の関係も……」


「ちょ、ちょっと待って!」


 なんですか、人が説明している時に。


「説明は嬉しいけど……何も、聞かないの?」


 何か聞くことなんてありましたっけ。


「……わたしについて、よ」


「はい?」


 ミヨさんについて、ですか。


「どうして帰りたくないの、とか、何で名前が解らないの、とか……」


「別に」


 知ってどうにかなるものでもないですし。


「話したければ聞きますが……ああ、長くなりそうでしたら、また夜にお願いできますか? これから別の世界に行く予定がありまして」


「……あんたって、なんなの?」


「はい?」


 私が何なのか、ですか。そんな哲学的な質問をされましても。


「興味がなさそうなのに、どうでも良さそうなのに、助けてくれて……」


 興味がなかったりどうでも良いというのは、間違ってはいませんけどね。


「私は、私の不注意で貴女を巻き込んでしまった。だから、貴女についてどうするかが固まるまで、面倒をみているだけですよ」


 じゃなかったら、こんな面倒なことしません。自分で蒔いた種は、自分で面倒を見なければなりませんから。いくら私でも、それくらいはしますよ。


「……そう」


 そうですよ。


「では、必要書類はここに置いていきますので、書くべきものを書いてください。ああ、書くのはあなたの世界の字で構いませんよ。勝手に翻訳されますから。私が戻りましたら、中央役所に行きましょう」


 私は書類を机に置くと、立ち上がりました。さて。ドアをくぐる為に、今度はステーションへ行かなければ。


「あっ……ま、待って!」


 何でしょうか。


「わ、わたしも行く!」


「……はい?」


 この子は一体何を言っているんでしょうか。


「ほ、ほら! やってもらってばかりも悪いじゃない? だから少しくらい手伝わせてよ!」


「結構です」


 これ以上の面倒はごめんです。


「な、なんでよ!」


「いいですか? 私の仕事は異世界行商人です。行く先の異世界の知識を持ち、貨幣を用意し、その土地にふさわしい格好をして有事に備え、それでも危険が付き纏う仕事です。最悪、死ぬ可能性すらあります」


「うぐ……」


 私の説明を聞いているミヨさんは、何も言ってきません。


「という訳で、お手伝いはお断りします。ここに居て必要な書類を書いていてください。では」


「……死ぬかもしれないなら、わたしだって、役に立つもん……」


 さっさと仕事に向かうとしましょう。ミヨさんは不満そうに何か呟いていましたが、知ったこっちゃありません。私はそのまま事務所を後にしました。


 そして、私は学びが足りませんでした。勝手についてきたミヨさんが、これくらいでへこたれる訳がなかったのです。


 つまり、彼女はまた勝手についてきました。

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