くたびれた異世界行商人の三十路と幼い彼女
沖田ねてる
第1話 二人の出会い
私はあの日、とにかく疲れていました。
朝から商品を運び、納品先に持っていったらやっぱり別の場所にして欲しいと頼まれ、ついでに倉庫の掃除の手伝いまでする羽目に。まだ三十路になったばかりとはいえ、疲れるものは疲れます。
お陰でスーツのズボンと、お気に入りの黒のトレンチコートが汚れてしまいました。お金を取った方が良かったでしょうか。私の仕事は納品までで、その後の整理整頓は入っていなかったはずなのですが。
まあしかし、大口の仕事ではありました。面倒くさい依頼主にさえ目をつぶれば、十分な報酬です。生きていくのにお金は必須ですから。
この後も仕事があります。次の段取りを考えつつ、白い前髪とずり落ちそうな眼鏡を直していた私は、とにかく疲れていました。人間、疲れている時は他事に構う余裕はないものです。
ですから。
「じ~~~……」
複数のビルの合間にある裏路地で、ボロ布を纏った少女が少し離れた所からお腹を鳴らしつつ私を見ているこの状況は、無視してもいいと思いませんか? 当時の私は思いました。
盛大にお腹を鳴らす彼女が見ているのは、私が手に持っているスティック状の栄養食です。少量でカロリーと栄養がまかなえ、満腹感も得られるという異世界の食べ物。
私が元いた世界ではそこまで発展してませんでしたので、世界って色々あるんだなぁと思いました。
それはいいんです、それは。
「じ~~~……」
長い金髪の合間から見える紫がかった青い瞳が、私の持つ栄養食を凝視しています。そんなに見なくてもいいじゃないですか。見せ物ではありませんよ。
正直言って、関わり合いになりたくありません。面倒事は避けるに限りますし、何より早く帰りたいのです。
しかし今いるここが、ターミナルへと帰るためのドアを開ける場所。異世界を繋ぐドアは便利なんですが、行きも帰りも場所を選べないのは不満です。
ポケットに忍ばせている
「……食べます?」
私は少女に栄養食を差し出しました。少しかじったやつですが、あの様子ならそんなこと気にしないでしょう。
「っ!」
少女は私に近寄ってくると、栄養食を乱暴に奪い取ってかじり出しました。よっぽどお腹が空いていたんですねえ。食べ方が汚いです。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ……」
あとなんかめっちゃこっち見てます。別に奪い返したりしませんよ。
少しして食べ終わった少女は、ふーっと息をつきました。満足そうな顔をしているので、さぞお腹が満たされたことでしょう。
さあ、さっさと帰ってください。
「……ありがと」
「お礼なんかいいです。それより早く帰られたらいかがですか?」
私だって帰りたいんです。
「……帰らない」
うわあ、何それ。
「わたしは……帰りたくなんか……ない」
「そうですか」
知りませんよ、そんなこと。
「なら他の所に行かれたらどうです? ここ寒いですし」
「……他ってどこよ?」
知りませんって。
「わたしには……行くところなんて、ないのよ」
「ではここにいる必要もない訳ですね。そこをどいてもらえませんか? 私、今からここでやることがあるので」
「…………」
なんか睨んできます。何でしょうか。
「……わたしのこと、知らないの?」
「はい?」
なんでしょう。この子は有名人なのでしょうか。
「貴女についてですか? 知りませんね。今ここで初めて会ったのに、知る訳ないじゃないですか」
「……ホントに知らないの?」
「知りません」
知りたくもないです。
「そう、なんだ……」
なんで少し嬉しそうなんでしょうか。
「……ねえ」
「なんでしょう?」
「……わたしを連れてってよ。どこか遠くに」
「お断りします」
なんで私が今日会ったばかりの見ず知らずの女の子を連れていかなければならないんでしょうか。
「……いいじゃない」
「嫌です」
「……でも」
「嫌です」
「ほら、わたし……」
あっ、ダメだ。本格的に面倒くさくなってきました。
「面倒なので早く逃げて下さい。じゃないと死にますよ?」
「……えっ?」
「
ポケットから取り出した呪符を元に、彼女に向けて雷を撃ちます。
「えっ? ちょ、えええええええええええええッ?」
おお、避けた。
「では次です」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
何でしょうか。
「今の何!? なんで雷なんか出せるのよ!? 大体、あんなのに当たったら……」
「第二撃」
「ちょぉぉぉおおおおおおおおッ!」
ほーらほーら、逃げないと死にますよー。
「い、いやぁぁぁあああああああああああああああああああッ!」
「……やれやれ」
やっとどっかに行ってくれましたか。と言うか、最初からこうしておけば良かった。
さて、と。
「帰りますか」
タブレットを取り出して宙にかかげます。すると世界と時代を行き来できるドアが、その姿を現しました。承認完了です。
「次の仕事は、と……」
縦に長い長方形の光に中に、私は入っていきます。
繰り返しますが、私は疲れていました。ついでにお腹も空いていました。
だから、さっきの彼女がついてきていたなんて……知らなかったんです。
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