第12話託されたナイフ
「やあ、僕だよっ」
「うわああああ!?」
目覚めた瞬間、知らない内に病室の椅子に座っていたミスティアに声をかけられたので、かなり驚いて叫んでしまった。
起きたときに人がいるとすげえ怖いんだな……
「なんだよう。そんなにびっくりしなくてもいいじゃない」
「い、いや、びっくりすることだと思うぜ……」
心臓がばくばく鳴っている。とりあえず深呼吸して落ち着かせた。
俺の動揺を余所に「ひどいな。外に出るなんて」とミスティアは口を尖らせた。
ミスティアは以前の格好と異なり、何故か高級スーツに身を包んでいた。小柄なのに不思議と着られているような雰囲気はない。だが頭には林檎の帽子があって、どこかアンバランスだった。
「ちゃんと殺人鬼が現れるから外に出ちゃ駄目だよって忠告したよね?」
「……悪かったよ。ごめん」
「死んじゃったら生き返れないんだよ?」
ネクロマンサーの台詞ではない――だが最も似合う台詞でもある。
俺は姿勢を正して「ごめんなさい」と頭を下げた。
「でもまあ、友達を助けるために動いたんなら、仕方ないかもね」
「どのくらいまで知っているんだ?」
「うん? えっと今の君の状況なら把握しているよ。友達も無事みたいで良かったねえ」
俺は目を逸らして「無事とは言いづらいな」と呟いた。
あいつは怪我を負ってしまった。そのせいで都大会には出られない。
大会のために練習を重ねてきたのに、さぞかし無念だろう。
「うん? 生きているなら何とでもなるでしょ。それにさ、爪で切り裂かれて良かったって思わないと」
「……どういう意味だ?」
「だって、噛まれていたら――化け物になっちゃうもん」
ミスティアは笑顔で言う。
俺は戦慄した。まず噛まれていたらつるぎが化け物になっていたという事実。次にその言葉が正しければ化け物が増えるという現実。最後にそんな笑えないことを笑顔でいうミスティアに!
「あれは狼人間――ヨーロッパでは有名な化け物の一つだね。噛んだ人間を自分の仲間にする。そしてネズミ算式に増えていく。どんどんどんどん増えていく」
「……増えて、いく」
「だから絶対に殺さないといけないんだよ」
笑顔のまま告げるミスティア。明日は雨が降るから傘を持っていったほうがいいかもと言われているような気分だった。
「なあ、ミスティア」
「なあに?」
「あの化け物って、元は人間なんだろう? 目星はついているのか?」
その質問にミスティアは少しだけ困った顔になった。
もしかして、まだ見つけられていないのか?
「うーん、目星はついているけど……」
そうではなかった。しかし言葉を濁している。
短い付き合いだが、そうやって誤魔化されたのは初めてだった。
「一体、誰なんだ?」
「……この一連の殺人事件、少し違和感があるんだよ」
話を逸らしたと思ったが、事件に関係することなので、黙って聞く。
「殺人は全てナイフで行なわれていてね。あ、これは警察からの情報なの。一人目のときにホームセンターで盗まれたサバイバルナイフが現場に残されていた。五人目までは同じようにナイフで殺されたと思うんだけど、もしも化け物が犯人なら……」
なるほど。一人目のときはナイフで殺したが、それ以降は鋭利な凶器――つまり爪で殺したというわけか。もしかすると一人目のサバイバルナイフはカモフラージュだったのかもしれない。
俺がそう推測しているとミスティアは「ひょっとしたら思い違いしていたかも」と言う。おそらく俺と同じことを思っているのだろう。
「君はもう退院するの?」
「うん? ああ。昨日、医者から大丈夫だって言われた。軽い打撲だったし、噛まれても引っ掻かれてもいなかったからな。一応、また診察受けるけど」
「そっか。ならこれ渡しておくね」
ミスティアは俺に革ケースをはめたナイフを渡した。
ずっしりと重いが何故か手に馴染む。
「軍用ナイフだよ。普通のナイフより使いやすいと思う」
「どうして俺に?」
「化け物がどんな性格なのか分からない。獲物に執着するのか、それとも別の獲物を狙うのか。もし前者だったら君が危ないからね」
願わくば後者……いや、それでも不味いのか。
俺は素直に「ありがとう」と言った。
「それじゃ僕は帰るね」
「ああ……って、外に警察官がいるぞ?」
「大丈夫。本庁の刑事だって嘘言ったから」
ミスティアは胸ポケットから警察手帳を取り出した。偽物、もしくは本物を何かしらの手段で手に入れたのだろう。
「この格好をしたのも、そのせいだよ」
「……お前だったらそんな回りくどいやり方しなくても良いんじゃないか?」
「使えるものは使っておくのが僕の主義だよ」
ミスティアはそのまま出て行こうとしたが、ドアノブに手をかける寸前で、振り返って言った。
「君、覚悟ある?」
「覚悟? 何の覚悟だ?」
「それ使う覚悟」
指差したのは軍用ナイフ。
化け物に襲われたときのための武器。
「……あるかもしれないし、ないかもしれない。そのときにならないと分からない」
これは決して誤魔化しではなかった。
俺の正直な気持ちそのものだった。
「そっか。うん、君の気持ちは分かったよ」
それだけ言って、ミスティアは今度こそ外に出て行った。
最後の台詞の表情は見えなかった。
◆◇◆◇
俺は医者の診察を軽く受けた後、大丈夫だと言われて、退院することになった。
つるぎと湯本に一言言いたかったが、二人はまだ寝ていたので会えなかった。
外に出ると涼しい風が顔に当たる。こんな状況なのに、気分が良いと思ってしまった。
とりあえず、家に帰るか。風呂に入る前に寝てしまったので、身体中べとついている。
家までてくてく歩いているとスマホのラインに通知が来た。
確認すると、大後さんからだった。
『今、話せる?』
短い文章だった。今は授業の時間……あ、体調悪いから休んでいるのかもしれない。
俺がいいよと返事すると、すぐに電話がかかってきた。
『あ、田中くん。元気、かな?』
「大後さんのほうは? 学校、来てる?」
『ううん。田中くんたちと同じで休んでいるよ』
どうして学校に来ていないのに、俺たちが休んでいること知っているんだろう?
湯本から聞いたのかな? でもあいつは寝ているはずなのに……
「そっか。それで――」
『田中くん。龍堂公園の近くの高台って知ってる?』
身体の調子を聞こうとしたが、大後さんが話題を振ってきた。
俺は「うん、知っているよ」と答えた。
『えっと、夕方の五時に、そこで会えない?』
「いいけど、どうしてそこに?」
『田中くんに言いたいことがあって。お願い。来てくれるかな?』
大後さんに言われてしまったら行くしかない。
俺は二つ返事で了承した。
『良かった。断られたらどうしようと思ったんだ』
「あはは。断るわけ無いよ。大後さんからの誘いだもん」
『……ありがとう。それじゃ、またね』
ライン電話が切れる。
俺は少しなんか変だなと思ったが、その理由は分からなかったので、家に帰ることにした。
「あ、そういえば……」
ミスティアに何か食べたことを訊くのを忘れてしまった。
あいつ、ちゃんと食べたかな?
◆◇◆◇
龍堂公園近くの高台。
言ってしまえば広場みたいなものだった。
足元には真っ赤な花が咲いているが、何の花なのかは分からない。
ベンチに座って待っている。スマホで時間を確認すると六時を少し越えていた。
俺は大後さんに何かあったのかもしれないと思い、電話をかけてみることにした。
『ごめん、田中くん。今、公園に着いたの』
「あ、そうなんだ」
『三分くらいで着くと思う。本当にごめんね』
俺は立ち上がって、沈んでいく太陽を見つめる。
真っ赤に染まった空。
次第に夜の帳が下りてくる。
「ごめん。遅刻しちゃった」
大後さんが早足でこっちにやってきた。
俺は「そんなに急がなくていいよ!」と声をかける。
「はあ、はあ。ごめんなさい。呼び出しといて遅れるなんて」
「気にしないで。あ、落ち着いたら何か飲む? 買ってこようか?」
「大丈夫、平気だよ」
一緒に並んでベンチに座る。
すると意外にも俺の近くに詰めるように大後さんは座った。
「……大後さん?」
「田中くんの私服、久しぶりだね。春休み以来かな」
春休みにつるぎと湯本と一緒に四人で遊んだんだっけ。
俺は「懐かしいね」と応じた。
「鞄もそのときと一緒だね」
「覚えてたんだ」
「うん。覚えてたよ」
大後さんも私服だった。女子の服装には詳しくないのだけれど、森ガールみたいなふんわりとしたファッションだった。
しかし、望んでいた二人きりの状況なのに、何故か心が躍らない。
目の前にいる大後さん。
どこかで何かが壊れているような雰囲気だった――
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