第10話急変
「ねえ。美佳と何があったの?」
教室に戻って、大後さんと話をしようと思ったが、扉の前で仁王立ちしている湯本に呼び止められてしまった。俺は正直に「何が何だか、俺にも分からねえよ」と答えた。
「楽しくお弁当を食べていたんだけど、よく分からないこと言われて……」
「よく分からない? 美佳はあんたに気持ち伝えたんじゃないの?」
訝しげな顔をする湯本に俺は「気持ちってなんだよ?」と逆に問い返す。
しかし湯本は口ごもって何も言ってくれなかった。
だから俺は生徒会室で何が起こったのかを伝えた。
「……まあ抱き締め返したのは、あんたにしてみれば及第点ね」
「何様だよ? ていうかそんなことより、大後さんはどこにいるんだ?」
早く話がしたかった。
もちろんラインは知っているけど、直接会って話したかった。
湯本は首を振って「美佳なら帰ったわよ」とあっさりと言った。
「帰った? 体調でも悪かったのか?」
「てっきりあんたのせいかと思ったけど、違うみたいね」
「俺だって原因を知りたいよ。だって――」
「好きなんでしょ、美佳のこと」
唐突に指摘されて言葉が詰まってしまう。
湯本はつるぎから聞かされているので、当然知っているのは分かっていたが、直接声に出して言われたのは初めてだった。
「…………」
「好きならすぐに追いかけなさいよ。しっかりしなさい」
「追いかけようとは思った。でも何か、大後さんが一人になりたい感じがしたから」
湯本はしばらく黙って「鈍感な男なんだから」と呟いた。
「つるぎもそうだけど、言葉にしないと伝わらないのかしら」
「あいつと一緒にするなよ。それに俺は平々凡々な高校生だぜ? メンタリストじゃないんだから、心なんて読めねえよ」
「名前と裏腹にね」
「全然上手くない。というか、大後さん追いかけないと――」
教室から離れようとするのを、湯本が待ったをかけて止めた。肩をぐいと掴まれた。かなり力が強い。
「何すんだ?」
「あたしから話すわ。あんたは――」
何もするなと言われかけたが、そのとき担任の山口先生が「おい、何しているんだよ?」と不思議そうな顔をして現れた。
「授業始まるぞ。さっさと席に着け」
「あ、先生。実は大後美佳が――」
「体調悪いんだろう? 早退するって言われたぞ」
結局、授業が始まってしまうので、追いかけることは叶わなかった。
席に着いたけど、大後さんのことが心配で集中できなかった。
直後に行なわれた数学の小テストの結果は散々なものになってしまった。
◆◇◆◇
以前、大後さんが言っていたとおり、部活動は一部を除いて休止となった。
一部と言うのは、都大会が近い剣道部と野球部だった。都の教育委員会からの指示ではなく、学校独自の決定だったので、例外はあるようだ。
このまま殺人鬼騒動が続けば、文芸部の高文祭出場が危ぶまれる。
いや、そんなことはどうでもいい。
大後さんにラインを送ったけど、返事がまるで来なかった。
何だか胸がざわつくほど心配になる。
大後さんの家の住所は知らないので、見舞いに行くこともできない。
だから返事を待つしかなかった。
仕方なく家に帰ると、リビングの机にまるで小学生が書いたような、拙いひらがなだけの手紙が置いてあった。
『さつじんきがでるかも。きょうはいえにいて』
おそらくミスティアが書いたものだろう。幸い、冷蔵庫には食材があるので、買い物に出かけなくても済むが……どこか不安に思う。
殺人鬼は月夜にしか出なかった。
だけど昨日は被害者が出た。
なんだか奇妙だ。
この街にもたらされたエデンの林檎は粗悪品で才能ではなく、人を化け物にしてしまう代物だとミスティアは言っていた。徐々に変異していくことも教えてくれた。
だとするのなら、殺人鬼もまた化け物になるのかもしれない。
月夜だけではなく、白昼でも人を殺す化け物に。
それは恐ろしい想像だった。
この想像が現実にならなければいいのだが……
とりあえず晩ご飯を作ろうとキッチンに立つ。エプロンはどこかなと思いつつ、探していると――
スマホが、鳴った。
「誰だ? ……つるぎか」
スマホを見ると、つるぎのメッセージが入っていた。
内容は大後さんのことだった。長文だったが、要約すると湯本に何か言われても気にするなということだった。
いつも思うけど、あいつは視野が広い上に絶妙なタイミングで送ってくれる。
俺はつるぎにライン電話をかけることにした。
『うん? なんだこころ? どうかしたのか?』
「お前のメッセージ、嬉しかったよ」
礼を述べると『なんだいきなり気持ち悪いな』と笑われた。
『なんだ珍しいことでも起こるんじゃねえの?』
「ふざけるな。それより――」
『あ、そうそう。今、部活早めに終わったんだよ。春と一緒でさ』
家の時計を見ると午後七時前だった。
「意外と早いんだな」
『湯本が大後のところに行こうって言ったんだ。そうだ、お前も――』
一緒に来るか? と言おうとしたらしいが『うん? なんだあれ?』とつるぎが変なことを言い出した。
「あん? どうしたんだよ?」
『いや、人が倒れて……誰かが介抱……』
嫌な予感がした瞬間、スマホが落ちる音がした。
「おい、つるぎ? ……どうしたんだよ? おい!」
何度も問いかけるが返事がなかった。
舌打ちしたい気分で俺は家から出ようとして――
「……これは持っていこう」
取り出すのも面倒だったので、学生鞄ごと持っていくことにした。
自転車に乗って駆け出す。
辺りはすっかり暗くなっている。
高校の方角へ向かうが、どこへ行けばいいのか、見当がつかない。
こんなことなら、ミスティアの連絡先を聞けば良かった!
「――そうだ! あいつ湯本と一緒だって言ってた!」
湯本のスマホにかければ良かったんだ!
こんなことにどうして気づかなかった! 馬鹿か俺は!
俺は湯本に電話をかけようとして――
「襲われていたら、やばいな……メッセージだけ送るか」
俺はラインに短く『どこにいる?』と送った。
数分待つと返事が来た。
『じんじゃちかくけいさつおねがい』
神社……龍堂神社か!
ここからなら数分で着く!
警察に電話しつつ、俺は龍堂神社へと自転車を走らせた。
◆◇◆◇
龍堂神社は街の名前の由来になったほどの古い歴史を持つ大社だった。
しかし、この時間帯だと境内には誰もいない。当然だ、こんな夜にお参りなどするものか。
神社の中を走り回る。暗くて足元がおぼつかない。
スマホのライトを照らすと、小さな血痕が続いていた。
これは怪我をしているから危険なのか、それもまだ生きていると見るのか。
とにかく後を追ってみることにした。
神社の奥の森まで続いている。小学校のとき、よくここでつるぎと遊んだ記憶があった。
どんどん奥深いところまで来てしまった――
「おい、こころ! どうしてここにいるんだよ!」
突然、つるぎの声がして、身体がびくっとなった。
つるぎと湯本が立っていた。
つるぎは肩を押さえていて、湯本は既に泣いている。
「なんだ、つるぎか。安心しろ。警察には連絡――」
「――危ねえ! 後ろだ!」
振り返る暇もなければ、当然避ける暇もなかった。
丸太に薙ぎ払われたように、右へ吹き飛ぶ俺。
木にぶつかって、前後不覚になるが、なんとか意識は保てた。
そして、そいつの姿が見えた。
「なんだ、こりゃ……」
二メートル近くあるであろう巨体。
鋭い爪と牙がむき出しになっている。
ぐるると唸り声が口から漏れていた。
顔は凶暴な狼だが、二足歩行していて、恐ろしい。
狼と人間の中間みたいな印象。
これが、エデンの林檎で化け物になった、人間――
「こころ、逃げろ! 逃げてくれ!」
必死になってつるぎは叫ぶが、身体に力が入らない。
動くのは、右腕だけだった。
狼人間がこっちにかけてくる。
食い殺す気だ。俺を――
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