第9話殺人日誌、三人目

 私を捕らえるために、警察が動いている。

 それは私の存在証明という目的が達成されつつあるのだが、肝心の殺人行為ができなくなる恐れがあった。


 無論、警戒されるであろうことは分かっていた。

 殺人行為が現代社会ではタブーであることも重々承知していた。

 しかし私はやめることなどできなかった。


 私は殺人行為を行なうために生まれたからだ。

 いや、生まれ変わったというべきだろう。

 ただ人を殺すという目的のために存在している。


 私は殺人という一点では優秀なのだろう。

 比べる対象などいないが、自負している。

 けれど、この言い方は傲慢かもしれない。


 技術も度胸も殺人も他の追随を許さないとはいえ、決して自惚れてはいけないと自戒する。

 慢心は自らの破滅を招くのだ。


 自省しておくべき事柄だった。

 だから私はこう言い直そう。

 私にとって、殺人行為は、適した存在証明であると。


 見張り続けている満月の下、私は三人目を探している。

 先ほど警察が動いていると言ったが、一般人はまだ警戒していないようだ。

 繁華街の人ごみがその証拠だ。


 他人の群れに混ざって歩くと、中年の女性が一人、ホストクラブから出て行くのが見えた。作り笑顔のホストに支えられて、ふらふらと足取りがおぼつかないまま、繁華街の外へ歩いていく。


 なんと冷たいホストなのだろう。せめてタクシー乗り場まで送ってやればいいのに。

 私のように狙う者がいるかもしれないとは分からないのだろうか?

 それとも自己責任と思っているのだろうか?


 中年女性はひどく酔っ払っていた。

 自分の身勝手な幸せを周りに振りまく厄介者と化していた。

 私は中年女性と距離を開けながら後をつける。


 途中で警察官が中年女性に声をかけたが、余計なお世話よと逆に怒られてしまう。

 警察官は苦笑いしながら失礼しましたとそれ以上構わなかった。

 私にしてみれば好都合だが、あの警察官は後悔するだろう。


 中年女性がタクシー乗り場に辿り着く直前で、裏路地に入る。

 最初の殺人と同じパターンだ。

 早足で近づく。


 中年女性は吐きこそしなかったが、しゃがんで唸っていた。

 私は素早く近づいて、持っていたナイフを首の後ろに突き刺す。

 中年女性はうつ伏せに倒れてしまう。


 ぴくぴくと痙攣して、そのまま動かなくなる。

 私はその場を通り抜ける。

 ナイフは骨まで達してしまったらしく、抜けそうになかった。


 これでまた、警察は一層、警戒を強めるだろう。

 そうなればマスコミに情報を開示することになる。

 私の存在が多くの者に知られることになるのは明らかだった。


 有名になりたいわけではない。

 ただ存在証明ができればいい。

 私の名は特に知られなくていい。

 私の存在を知ってくれればいい。


 頭上には月が怪しく光っている。

 月光を浴びながら帰路につく。

 夜だが晴れ晴れとした気分だった。


 少しずつ、自分の中に感情が芽生えつつあるのが分かる。

 達成感や満足感が徐々に分かるようになった。

 殺人行為で成長しているのだろうか。


 己が罪深いとは思わなかった。

 自分の存在証明で人を殺す。

 罪悪感はまったくなかった。


 私は生き続けたかった。

 ただそれだけが目的だった。

 だから人を殺すのだ。


 自己を正当化しようとしていない。

 そうであるように生きているだけだ。


 これからも人を殺し続ける。

 誰にも邪魔などさせない。

 阻むことなどできるものか。

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