第7話協力の理由

 今日の朝ご飯は目玉焼きとベーコンとサラダ、味噌汁と白米だ。いつもはトーストだけど、ミスティアが昨夜の炒飯で米を気に入ったらしく、リクエストしてきたのだ。

 ミスティアは小柄で細身な身体の割に、何度もおかわりをしてきた。五合炊いたというのに、すっかり無くなって晩ご飯どうしようと頭を悩ませることになる。


「あー、美味しかった! ごちそうさまって言うんだっけ?」

「ああ、あっている。朝からたくさん食べてくれて嬉しいよ」


 晩ご飯のことは気にしないことにして、俺は食器を片付け始める。

 プラスティックの水桶に置いてから「朝から探し始めるのか?」と質問した。


「えーと、とりあえず友達作りからするよ」

「……どうやって作るんだ?」


 聞きたくないが一応知っておこう。

 ミスティアは「墓地に行けばたくさんいるよ」と行儀悪くソファに横になって言う。


「あまり詳しくないんだが、日本は火葬だぞ? 死体は残っていない」

「骨さえあれば作れるもん。肉体は後付けすればいいし」


 意味が分からなかったがそれ以上聞かずに「そういうものなのか」と食器を洗う俺。

 それから好きにテレビ見ていいと告げた。


「この時間はニュースしかやっていないけど、暇潰しにはなるだろう」

「そう? でも君はその位置だとテレビ見れないじゃん」

「音だけでも分かるからな」


 ミスティアは分かったと返事してからリモコンのスイッチを入れた。

 軽快な音楽と共に芸能ニュースが報道されている。


「日本人は平和だねえ。誰が付き合ったとか、不倫したとか」

「くだらないか?」

「うん。でもそのくだらないものの積み重ねで、世界は成り立っていると思うと微笑ましい気持ちになるよ」

「年の割りに悟ったことを言うんだな……そう言えば何歳なんだ?」


 ミスティアは何気なく「二十一歳だよ」と言う。

 驚いて食器を落としそうになったが、なんとか手から離さずにいられた。


「二十一? もっと若く見えたが」

「あはは。よく言われるよ。どうやら僕は年を取らないみたいだ」

「まさか。吸血鬼じゃあるまいし」


 食器を洗い終えてエプロンを取って高校に行く準備をし始めると「どこに行くの?」とミスティアが訊ねてきた。


「高校に行くんだよ。今日は平日だから」

「真面目だね……うん? 君は何歳なの?」

「十七歳だよ。四月に誕生日迎えた高校二年生だ」


 ミスティアは何故か馬鹿にしたように「なんだ。僕より年下じゃないか」と笑った。


「僕のほうがお姉さんだね。可愛がってあげようか?」

「ふざけるな。たった四つしか変わらないだろうが……それより、合鍵だ」


 俺はミスティアに合鍵を手渡した。失くしづらいように、中学の修学旅行でお土産に買った狐のキーホルダーを付けてある。

 ミスティアはしげしげと手にとって眺めた。なんだか珍しそうだった。


「出かけるときは鍵をかけることを忘れないでくれ」

「了解。ありがとうね」


 ミスティアが礼を言った直後、テレビから龍堂市についてのニュースが流れる。

 行方不明者だが、帰路に血痕があったことから、殺人鬼の仕業ではないかと警察は考えているらしい。

 写真が公表されている。どこかで見たことが……


「あ。新しい友達だ」

「……昨日のあれか」


 未だに「ほう」という音が耳に残っている。

 あまり思い出したくはない。


「ねえねえ。聞いていいかな?」


 唐突にミスティアが俺に質問してきた。

 笑っているけど、どこか真剣そうだった。


「どうして僕に親切してくれるの?」

「はあ? どうしてって――」

「僕のこと気持ち悪くないの?」


 泣いていないのに、大きな青い瞳がひたひたと潤っている。

 少しだけどきりとしつつ「別に気持ち悪いと思ってねえよ」と答えた。


「そりゃ、死体を操るのはちょっと怖いけどな。友達が俺のことを殺そうとしたのは、まあ止めてくれたら良しとする。まあ第一印象が最悪だったのは否定できない」

「……なんかマイナスなことばかり言われている気がするけど」

「でもな。この街を守ってくれるんだろう?」


 俺はミスティアに向かって本音で話す。


「若い女の身で、たった一人で殺人鬼をなんとかしようとしてくれる。親切というか、協力するのは当然だろう?」


 もちろんそれだけではない。

 生きている人間と食事をしたことがないミスティア。

 物言わぬ死体を友達と呼んでいるネクロマンサー。

 そんな淋しくて可哀想なミスティアに俺は勝手ながら同情したというだけの話なのだ。


「……ふうん。君は善人なんだね」


 どうでも良さそうというか、つまらなそうに言うミスティアだったけど、どこか違和感があった気がした。


「あ、そうだ。これあげるよ」

「うん? なんだ? スプレーか?」


 ミスティアが差し出したのは紫色のスプレー缶だった。

 明らかに毒々しいが……


「熊用のスプレーだよ。危ないときに使って」

「危ないとき……ああ、分かった」

「合鍵のお礼だよ。ところで、高校はいつ始まるの?」

「うん? ……あ、やべ。そろそろ行かないと」


 俺は急いで学生鞄を持って、玄関に向かう。

 何故かミスティアも俺の後に続く。

 靴を履くとミスティアが「いってらっしゃい」と言った。


「……どうしたんだ?」

「あれ? 誰かを見送るとき、日本だとこう言うんじゃなかったっけ?」


 何故か顔が熱くなるのを感じる。

 ミスティアがにやにや笑いながら「あれあれ? 照れているの?」とからかってきた。


「な、なんだよ……」

「照れなくていいのに。可愛いなあ」

「……ふざけるな!」


 俺はドアを開けて出て行こうとして――


「……行ってきます」

「うん? なあに? 聞こえなかったなあ」

「うるせえ!」


 絶対に聞こえていたはずだと思ってドアを閉めた。

 にこにこ笑って手を振るミスティアの姿が見えた気がした。


 俺は気恥ずかしい気持ちで歩く。

 そして衝撃的な事実に顔を赤くする。

 さっきのやりとり。

 まるで、その、付き合いたての恋人同士みたいだ――


「あー! ちくしょう!」


 道端で大声を上げてしまい、近くを通りかかったおじいさんに怪訝な顔をされた。

 なんで悶々と悩まなければならないんだよ!



◆◇◆◇



 龍堂高校に着くと、始業直前だった。

 クラスで自分の席に着くと「お。今日は遅かったな」とつるぎが話しかけてきた。

 どうやら今日は朝練をしっかり行なったみたいだった。


「ちょっと寝坊したんだ」

「お前もかよ。珍しいじゃねえか」

「お前もってどういうことだ? 自分のことじゃないよな?」


 俺の問いにつるぎが「大後がいないんだ」と指差す。

 一番右の一番前の席がぽつんと空いていた。


「あ、本当だ。大後さん、どうかしたのかな?」

「知らないのか? 春も分からないって。まあ朝錬があったから最近は一緒に登校していないらしいが」


 なんだかひどく胸騒ぎがする。

 立ち上がろうとしたが間の悪いことに「ほら。席に着け」と担任の山口先生が入ってきた。


「出席取るぞ……うん? 大後はどうした?」


 クラスメイトが顔を見合わせるが、はっきりとした答えは出ない。

 胸の鼓動が高鳴るのを感じる。


 まさか、殺人鬼に襲われたのか?

 いや、それなら学校に連絡が入るだろう。

 じゃあなんで遅刻した?


「おい。こころ。顔色悪いぞ?」


 つるぎが心配そうに俺に言う。


「どうした田中? 気分でも悪いのか?」


 目聡く山口先生が俺に問う。

 それくらい酷い顔をしていたのかもしれない――


「はあ、はあ、遅れてすみません!」


 そのとき、がらりと教室のドアが開く。

 そこには大後さんが立っていた。


「珍しいな、遅刻するなんて。まあちょうどいい。大後お前保健委員だったな。田中が気分悪くなっているから保健室に連れてってやってくれ」

「あ、先生。俺は大丈夫です」


 大後さんの姿を見た瞬間、安心して気分が良くなった。

 ああ、良かった!


「田中くん、顔真っ青だよ? 一緒に保健室に行こう」


 大後さんが俺に近づいて手を取った。

 その柔らかさに頭がくらくらする。


「い、いや、本当に大丈夫だから……」

「今度は赤くなっているよ? 熱があるかもだから、ね?」

「……はい」


 大後さんは本当に優しいなと思いながら手を引かれて保健室に向かう。

 よくよく考えてみれば、どうして大後さんが殺人鬼に殺されたと思い込んだんだ?

 もしかするとミスティアの影響かもしれない。


「田中くんの手、あったかいね」

「えっ? まあ、その……」

「私、冷え性だから羨ましいな」


 結局手をつないだまま、保健室まで来てしまった。

 俺は嬉しかったのだが、同時に恥ずかしかったので「大後さん。どうして遅刻したの?」と訊ねた。


「寝坊しちゃったみたい。昨日食べ過ぎちゃったから」

「そうなんだ」

「服のサイズがきつくなっちゃって。ダイエットしないとなあ」


 ぶっちゃけ、身体の一部が大きくなっているからだと思うが、口には出さない。

 俺は保健室の先生に熱を計られて「少しあるね」と診断された。


「ベッドで寝てなさい。それでも気分悪かったら早退してもいいよ」


 そう言われたので大後さんと別れて、保健室で寝ることにした。

 大後さんへの心配で体調を悪くするなんて、どうやら恋の病は重症みたいだ。

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