第4話歪な世界
「僕、ネクロマンサーだもん。友達作れるの当たり前だよ」
その友達が先ほど俺を殺しかけたというのに、ミスティアは平然な顔をしていた。まるで悪いことなんてしていないと言わんばかりの態度だった。おそらく倫理観が欠如しているのだろう。
時間が経って落ち着いた俺はまず、ミスティアの素性を訊いた。
すると返ってきたのは馬鹿げた自己紹介だった。
頭を抱えてしまいたい。というより関わりたくない。
「……ああ、そうかい。ネクロマンサーね。凄い凄い」
「あれれ? 信じてない感じかな?」
「信じてないというより、信じたくないんだが……」
「現実逃避しても物事は進展しないよ。前向きに生きなきゃ!」
それこそネクロマンサーが言う台詞ではないと思う。
ゲームや漫画でネクロマンサー――死体を操る呪術師――は登場するが、どいつもこいつも陰気で根暗なキャラだった。
しかしミスティアはそのタイプに当てはまらなかった。
明るくて綺麗でユニークで。そしてちょっぴり狂っている。
だからどう対処していいのか分からない。
こんな河川敷で一緒にいていい人種でもない。
ミスティアの友達とやらがこっちをじっと見ている気がするし。
なんだか非常にやりにくい。
「……場所変えるか。ミスティアさん、あんたは――」
「ミスティアでいいよ。あ、そうだ。まだ君の名前、聞いてなかったね」
教えろと暗に言ってきたが、正直に言って良いものだろうか?
名前を教えることで何らかの呪いをかけられるかもしれない……
「どうしたの?」
きょとんと首を傾げる仕草は、こんな状況でなければ見惚れてしまうほど可愛らしいだろうが、何故か背筋が凍る思いがした。こんな華奢な身体つきなのに、溢れる強者感を強制的に知ってしまう。
「あ、ああ。俺は田中こころだ」
「へえ。なんかへんてこな名前だね」
「……外人なのに日本人の名前が分かるのか?」
幼い頃からずっと言われ続けて、一時期いじめられていたこともあるので、つい苛立ってしまった。
ミスティアは「今までいろんな日本人と友達になったけど」と恐ろしい前置きをした。
「こころなんて名前、初めてだよ」
「……人の名前をへんてこって言うな」
「怒ったの? だったらごめん」
悪いとは思っていないと丸分かりだった。
俺は溜息をついて「とりあえず場所を移動しよう」と言う。
「夜中にこんなところうろうろしていたら、殺人鬼に襲われる以外でも危ないからな」
「案外、日本人は平和ボケしていないんだね」
「……今、馬鹿にしたか?」
「ううん。平和ボケしていないって言ったよ」
少々ひっかかる物言いだったが、まあいいだろう。
さて。問題は目の前の危険人物をどこに連れていくかだ。
駅前のファミレスが真っ先に思いついたけど、ミスティアは目を引くだろう。また死体を連れて入店するわけにもいかない。
ここは俺の自宅で話すしかない。正直言えば嫌だけど、本音を言えばかなり嫌だけど、家以外安心して話せる場所は無かった。
本当に嫌だったが連れて行こうとミスティアに「家に案内する」と告げた。
「そこで諸々のことを説明してもらうぞ」
「えっ? 僕もしかして、お持ち帰りされるの?」
「どこでそんな言葉覚えたんだよ! ふざけるな!」
ツッコミを入れるとミスティアは「なんだ。残念だな」と冗談かどうか分からないことをけろりと言う。
「家なら誰にも話を聞かれずに済むからだ」
「そっか。じゃあ行こう」
あっさりと納得したミスティア。少し拍子抜けしてしまったが、俺なんかどうにでもなると思っているのかもしれない。平々凡々な俺にとって、正当な評価かもしれないがどこか複雑に思える。
「あ、そうだ。友達にやってほしいことがあるんだ」
ミスティアはどうでも良さそうに友達――死体に手で何か指示をした。
そいつは「ほう」と頷くと素手で地面に穴を掘り始めた。
存外素早い動きで見る見るうちに『何かを埋められるほどの深さ』になった。
「……何をする気だ?」
「犬、殺しちゃったからね。埋めてあげるんだよ」
「犬とは友達になれないのか?」
人ではなくとも死体だったら操れると思っていた。
しかしミスティアは首を横に振って「できないよ」と鈴を転がすような声で答える。
「人間以外は友達になれないんだ」
正しく言えば、人間の死体以外、友達になれない。
ふざけた制約だと思ったが、口には出さなかった。
◆◇◆◇
「では、改めて自己紹介するね。僕はブラスワークスの道具、ミスティアだよっ!」
「……説明はしてくれるんだよな?」
家に帰ってリビングの椅子に座って、ミスティアと向かい合っていた。
友達はここにいない。俺の家のささやかな庭に穴を掘って埋まっている。
文芸部とはいえ、男子高校生と一対一になってもミスティアは平気なのかと推測する。
「うーん。僕説明下手だからなあ」
「じゃあ俺の質問に答えろ。まず、ブラスワークスってのはなんだ?」
ミスティアは「秘密組織というか、悪の組織だよ」と何でもないように言う。
「ねえねえ。喉渇いちゃった。何か飲ませてよ」
「……麦茶でいいか?」
「うん。それでいいよ」
続けて質問しようとしたのを見計らったように言われたので、なんだか機先を制された気分だった。
冷蔵庫から麦茶の紙パックを取り出して、コップに注いでミスティアの前に置く。
ミスティアは片手で持ち上げて半分くらいを一気に飲んだ。
「美味しい! ありがとう!」
「……悪の組織のブラスワークスが、どういう理由でお前を派遣したんだ?」
「えっとね。とある魔術師がこの辺に『エデンの林檎』を使っちゃったんだ」
魔術師? エデンの林檎?
また聞き慣れない単語が出てきた。
「それでね。魔術師と林檎のほうは処理できたんだけど、その後処理で派遣されたんだよ」
「……何を言っているのか、さっぱり分からない」
「あはは。君、頭悪いんだね」
「明確に馬鹿にしたか!」
「うん。はっきりと馬鹿にしたよ」
ふざけるなと言いたかったが、まずは話を聞かないといけない。
自分に冷静さを強いて、考えてみる。
一つ一つの問いを投げかけて、全貌を明らかにしていこう。
「そのエデンの林檎ってなんだ?」
「うーん、魔道具の一つで、人の可能性をこじ開ける物かな。まあほとんどの人間は才能開花せずに、化け物になっちゃうけど」
「……よく分からないけど、その魔術師は善意で使ったのか?」
「ううん。悪意をもって使ったよ」
俺は頭が混乱しそうだったが「さっき、ブラスワークスは悪の組織だって言ったな」と指摘した。
「ならどうして、悪い魔術師を倒すような、良いことをしたんだ?」
「それは世界の秩序を守るためだよ」
「はあ? 悪の組織だろう? なんで正義のヒーローみたいなことをするんだ?」
ミスティアは麦茶を口に含んで、口内を潤してから「ドゥーム法くらい知っているでしょう?」と言った。
「ああ知っている。常識だからな。簡単に言えば『自らを隠し偽って行なう無許可の治安維持行為を禁ずる』法律だ」
「表向きは九十年代に流行した、仮面を被って行なう私刑や自衛団を阻止する目的でアメリカのドゥーム大統領が国連に提唱した国際法だね」
「すんなり議決が通ったって、現代社会で習った」
ミスティアはにっこり笑って「でも裏の理由があるんだよ」と言う。
「世間には報道されていないけど、その頃、正義のヒーローたちと悪の組織の対立が激しくなってね。世界の破滅まで追い込まれていたんだよ」
「それがドゥーム法とどうつながるんだ?」
「政府によるヒーローたちの囲い込み。超能力者や魔術師も登録しないと平和維持活動ができなくなったんだ。もし破れば逮捕されて一生監禁か死刑だね」
ここで新たな疑問が生まれたが、質問する前に「そのせいで悪の組織は窮地の立たされたんだ」とミスティアは言う。
「正義のヒーローが気軽に平和維持活動ができなくなったせいで、少人数の犯罪組織が乱立してね。治安が一気に悪くなった。もちろん、悪の組織の資金源となった商店や賭場が被害を受けるようになる」
「……それで、悪の組織は滅んでしまったのか?」
「違うよ。犯罪組織の犯行を止めるために、治安維持活動をするようになったんだ」
俺は呆れながら「それは警察や正義のヒーローの仕事だろう?」と言う。
「犯罪組織の中には魔術師や超能力者がいて、警察じゃ手に負えなかった。正義のヒーローも煩雑な手続きしなくちゃいけないからすぐに動けないんだ」
「なんか複雑だな。それに皮肉と言ってもいい」
ミスティアはコップに入った麦茶を飲み干して「僕もそう思うよ」と同意した。
「ブラスワークスは魔道具や魔道書をなどの魔術関連の道具を保管して、世界を手中に収めようとするのが目的なんだけど、やっていることは世界の平和を守ることなんだ」
ミスティアは笑顔のまま、俺にコップを見せた。
おかわりを欲しがっているようだった。
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