第89話 雨中の災い①
「な、なるほど……つまりリーシャは、先生の孤児院にいたんですね。」
「そうさ。他に何があると思ったんだい?」
ロルフはようやく腑に落ちたという感じに、ふうと息を吐いた。
それはそうだ。
シスターである先生が結婚しているはずはないし、種族的にも年齢的にもいろいろと説明がつかないというものだ。
もっとも、先生の孤児院出身だったというだけでも、十分に驚くべき偶然なのだが……。
なお、当のリーシャはまだ目を回しており、スゥともども隣の部屋でエト達に介抱されている。
ロルフはその間、マーガレットの部屋にお邪魔していた。
「たまによこす手紙に、新しいギルドに移籍した、とは書いていたけどね。まさかそれがアンタの作ったギルドとは、世間も狭いもんさ。」
「はは……まったくです。」
その書き方から察するに、前のギルドを追放されたことは伝えてないな……と思ったロルフだったが、あえて口には出さなかった。
「リーシャは、目覚ましい活躍ぶりです。戦いの中にあって冷静で、常に広い視野を持ち、指示も的確だ。うちのパーティーでは、よいリーダー役です。」
「……そうかい。それは、いいことだね。」
マーガレットは嬉しそうに、しかしどこか複雑な表情で、相槌を打った。
その反応に少し引っかかったが、ロルフは続けた。
「特に、魔法の速度と出力には目を見張るものがあります。出会ったときから驚かされっぱなしでしたが、先生が師と考えれば――」
そこまで言って、ロルフははたと言葉を切った。
自分の言葉に、強い違和感を感じたからだ。
魔法の第一人者である先生が師であれば、魔法が上達するのは当然のことだろう。
しかし、リーシャは出会ったとき、杖の魔力上限のことすら知らず、魔法を暴発させてしまっていた。
先生の教えがあって、そんなことがあり得るのだろうか?
「もしかして、先生……」
「……」
「リーシャには、魔法を教えなかったんですか?」
ばん! と音がして、部屋の扉が開いた。
「な、ななな、なんでシスターが来てるのよっ?!」
飛び込んできたのは、リーシャだった。
それを追いかけるように、エトとマイアも顔を出した。スゥはまだダウンしているのだろう。
「騒がしい子だね、まったく。私の方が先にいたんだから、どっちかというとアンタ達が来たんじゃないか。」
「そ、それはそうだけど……っ! そうじゃなくて……!」
やれやれと首を降るマーガレットに、リーシャは真っ赤になってぷるぷる震えた。
まあ、久しぶりに会った親代わりの人に、よりによって目を回しているところを見られたのだ。気持ちはわからなくもない。
「え、ええと! ロルフさんのお知り合いでもあるんですよね?」
見かねたエトが気を使った質問を投げてくれたので、ロルフはそれにのっかることにした。
「ああ。この人は俺の魔術の師であり、『賢者』の名で呼ばれたこともある、王都でも指折りの魔導士なんだ。」
そう言ってマーガレットを手で示すと、おおー、とエトとマイアが声を上げた。
しかしその横で、何故かリーシャも驚いていた。
「え……シスターって、本当に凄い魔導士だったの……?」
「なんだい、信じてなかったのかい?」
「い、いやだって……」
リーシャがこちらを向くので、ロルフは頷いた。
「間違いないぞ。王都の魔導士なら、誰でも知っているくらいの人だ。」
「じゃ、じゃあ、王都一の美少女だったとか、毎日別の人に求婚されてたとかも……?」
「それはノーコメントで頼む。」
ロルフはリーシャが信じていなかった理由を即座に理解した。
「と、ともかく! シスターは何でこんなところにいるのよ。」
「何って、仕事さね。ユーリときたらこんな老人をこき使って、まったく困った子だよ。」
「ユーリの?」
その言葉に、思わずロルフも反応した。
「ま、そんなたいしたことじゃないさ。野外にある魔物の封印を、いくつか見回りしてほしいってね。」
「……封印、ですか?」
「キュイ?」
先ほどまで、エトの服に隠れていたシロが、ぴょこりと顔をのぞかせた。
封印という言葉に反応したのだろうか。
それを見て、おや可愛い、とマーガレットは指でその顔をつんつんと撫でた。
「この村の近くにも、一つ封印があるのさ。とっとと確認したいところだけど、あいにくの天気だからね。ここでのんびり待ってたのさ。」
「なるほど……そういうことでしたか。」
魔物の封印は、この国だけでもそこそこの数がある。
封印というのはつまり魔導回路なので、数年に一度メンテナンスしてやる必要があるのだ。
封印の中で魔物は弱り続けているはずだが、人里に近いこともあり、もし破られれば大きな被害になる。見回りはそれを防ぐための手段というわけだ。
とはいえ、その程度の対応ならギルド協会側の人員でも十分可能なはず。
わざわざ先生を呼ぶ理由が気になることろではあるが……。
そうロルフが考えていると、エトが不安そうに身を乗り出した。
「あ、あの……っ! この暴風雨で封印が壊れちゃったりしないんでしょうか……?!」
「ハッハ、そんなヤワなもんじゃないよ。雷でも落ちりゃ別だけどね。」
「そ、そうなんですね。よかっ――」
瞬間、窓の向こうが激しく光ったかと思うと、ドッシャーン! という音と共に地面が少し揺れた。
全員、数秒の沈黙ののち、ゆっくりと目を瞬かせた。
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