第88話 パワーアップ遠征
「遠征、なのだ?」
「ああ、お前たちの強さじゃ、もう王都周辺にいる魔物は簡単に倒せてしまうからな。それに、戦う相手が偏ると、戦いに変な癖がつきやすい。」
ロルフは深く頷きながらそういった。
エトが新たな武器――『魔剣シロちゃん』と名付けたらしい――を扱えるようになったことで、このパーティーの火力は更に強化されていた。
完璧に扱えるようになるにはまだ時間がかかるだろうが、状況に応じて盾役から近接主力へ役割を変更できるようになったのは大きい。
こうなると他にも新しい戦術を試してみたいところだが、前述の通り、このあたりには適した魔物がいない。
そこで今回、様々な魔物と戦える遠征を計画したというわけだ。
それを聞いた四人は顔を見合わせ、ぱあと目を輝かせた。
「それって、遺跡に行ったときみたいなことですよね!」
「四人での遠征は初だし、腕が鳴るわ。」
「なんだか……とても、ワクワクしますね。」
中でもスゥはずいぶんと嬉しそうで、んーっと体を縮めると、両腕を上げてジャンプした。
「やったのだー! それじゃ、レッツゴーなのだー!!」
+++
「ほぎゃああああ死ぬのだぁああああ」
スゥの涙は暴風にさらわれ、大量の雨粒とともに馬車の後方へ吹っ飛んでいった。
前回同様、ロルフたち一行は行商人の馬車にのせてもらったのだが、運悪く局所的な暴風雨に遭遇してしまったのだ。
ぬかるんだ地面はいつも以上に豪快に揺れるし、荷馬車を被う革が雨風に叩かれ、とんでもない騒音になっていた。
「スゥちゃん、首出すと危ないよーっ!」
「ほああぁもう降ろしてほしいのだあぁああぁあ」
目をぐるぐるさせて荷馬車の後ろから顔をだすスゥを、エトがひっぱる。
「エト。」
「ま、マイアちゃんも、手伝って……」
「いえ、リーシャが泡を吹いて倒れました。」
「ええーっ?!」
そんな中、前の革が開き、雨と一緒にびしょ濡れのロルフが入ってきた。
「予定を変更して、近くの村に寄ってくれるらしい。一旦そこで雨宿りを……って、何をやってるんだ……?」
「ろ、ロルフさん、助けてぇ……」
――そんなこんなあって。
ほどなくして、馬車はポキ村という小さな村に着いた。
馬車から降りると、ロルフは目を回したスゥを背負い、エトとマイアは目を回したリーシャを担いで、足早に村の宿へと向かった。
「おやまぁ、災難でしたねぇ。」
宿に入ると、亭主らしき女性が拭くものを持ってきてくれた。
「でも……困りましたねぇ。急な豪雨で二階が雨漏りしてしまって、二人用のお部屋が一つしか空いてないんです。」
「そうですか……この村には、他に宿は……?」
「いいえ、なにぶん、小さな村なものですから……どうしましょうねぇ。」
エトたちに拭くものを回しながら、ロルフも唸った。
二人用の部屋に五人が入るのは無理があるだろうが、エトたちだけならどうにかなるだろう。
自分は雨漏りしている部屋を使わせてもらうか、最悪馬車の荷台でも……。
そんなことを考えていると、ふいに近くの部屋のドアが開いた。
「――おや。聞き覚えのある声だと思ったら。」
「!」
その声にロルフが顔を向けると、そこには修道服を着た、老年の女性が立っていた。
「ロルフじゃないかい。こりゃまた久しいねぇ。」
「先生じゃないですか、どうしてここに……?!」
ロルフの驚きの声に、エトとマイアは思わず顔を見合わせた。
「ロルフさん、お知り合いなんですか?」
「ああ。こちらマーガレット教授と言って、俺の魔術の師だった人だ。」
「マスターの……というと、魔導回路の……」
おお、と二人は声を漏らし、次いで急いで頭を下げた。
「ハッハ! 教授なんてもうとうの昔にやめているよ。そんなかしこまらなくても結構さね。」
マーガレットは豪快に笑いながら手を振ると、改めてエトたちに目をやった。
「それで、その子たちはあんたの教え子かい?」
「ああ、いえ、彼女たちはギルドメンバーなんです。遠征の途中で、この嵐に見舞われてしまいまして。」
「え、エトです!」
「マイアです。よろしくお願いします。」
再びぺこりと頭を下げた二人を見て、マーガレットは嬉しそうに頷いた。
「話は聞こえてたよ。私の部屋も使いな。一人にゃ少し広い部屋だと思ってたところさ。」
「まぁ~、助かりますわ。すぐに準備しますねぇ。」
そういうと、亭主はぱたぱたと奥へと引っ込んでいった。
「ありがとうございます。正直、助かりましたよ。」
「ま、困ったときはお互い様さね。そっちのダウンしてる二人も――」
そこまで言って、マーガレットはぴたりと言葉を止め、目を丸くした。
「リーシャ……驚いたね、リーシャじゃないかい。」
「えっ。」
その言葉に、今度はロルフとエトとマイアの三人が、目を丸くした。
「リーシャを……知っているんですか?」
「そりゃあ、知ってるも何もないさ。」
マーガレットはロルフに視線を戻すと、さらりと言い放った。
「私の娘だもの。」
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