第84話 終わりの始まり①

「ここが……『聖竜教会』、か……」


 馬車から降りたアドノスは顔を上げ、思わず顔をしかめた。

 それは、遺跡を改築した、非常に奇妙な建物だった。


 遺跡といっても、その全てが魔物が住み着いた危険なものではない。これは特に地上に出ている部分が多いので、危険性が低かったのだろう。

 もっとも、それゆえ遺跡部分の風化が激しく、それを補強するために追加された幾多の板と柱によって、巨大な遺跡はツギハギの醜悪な姿へと成り果てていた。

 しかしその一方で、『神聖な遺跡をなるべく壊さない』という狂気的なまでの執念が滲み出ており、ある種の神秘性を感じることも確かだった。


 その中から現れた信者らしき人物に案内され、アドノス達は礼拝堂らしき場所に通された。


 金属製の扉が、耳障りな音を立てて開く。

 まず目に入ったのは、丸くなって眠る竜が描かれた、巨大なステンドグラス。


 そこから漏れる光の他に、室内に光はない。日中であるにも関わらず、妙に薄暗い部屋だ。

 その光に後ろから照らされるようにして、大きな椅子に腰かけた老人の姿があった。


「……アンタが、依頼主か。」


 顔の片側は刺繍の施された布に覆われており、片手には大きな杖。

 アドノスは信心深い人間ではなかったが、まるで自分が神であるといわんばかりのその配置には、なんとも言えない嫌悪感を覚えた。


「ほほっ……いかにも。聖竜教会大司教、ゼエルと申します。よく来てくださいましたね。」


 ゼエルと名乗った老人は座ったまま両手を広げ、その体が落とした大きな影は、部屋全体を包み込むようだった。


「な、なんだか、妙に大きな人だね……」

「ええ……優しそうでは、ありますけど……」


 アドノスの後ろに隠れるようにして、メディナとローザが体を振るわせた。

 一方で、アドノスは目を細め、小さく舌打ちした。


 優しそうだと?

 馬鹿が。どこをどう見ればそうなる。


 あの目。

 笑顔の一枚裏で、こちらを値踏みして、どう利用するかしか考えていない。

 今までも腐るほど見てきた、自分の手は汚さず、他人を利用してのし上がる、腐った奴の目だ。


「能書きはいい……とっとと依頼の詳細を聞かせろ。」

「あら……大司教様に向かって、そんな言い方は無いんじゃなぁい?」


 思わず、体が硬直する。

 白衣を纏った細身の男性が、いつの間にか隣に立っていた。


 いつの間に。

 薄暗いとはいえ、この距離まで気づけなかったとは。


「いいんですよ、ミゲル。彼の態度は、その能力と自信の現れです。そうですね?」

「……」


 アドノスは答えなかったが、ゼエルは勝手にクエストの詳細を話し始めた。


 ここからそう離れていない場所にある遺跡、サボン第二遺跡。

 そこはこの場所同様、聖竜教会の聖地となっているが、そこに強力な魔物が住みつき、入ることができなくなったということ。

 今まで幾度となく依頼を出してきたが、その魔物を討伐したものは一人もおらず、見た目を含めすべてが不明のままであること。

 そして、ギルドランク制が制定されてからはSランクに認定されてしまい、受けるギルドも無く困っていたこと。


 もともと期待していなかったが、大して有力な情報は無い。

 そしてそれ以上に、きな臭い。


 Sランク認定されるほどの強力な魔物を、誰も見ていない?

 周辺地域にも住民にも、一切の被害がない?


 そんなわけがあるか。

 どう考えても、このクエストはおかしい。


 おかしいが――


「わかった。とっととその場所に案内しろ。」


 どちらにせよ、ちょっとした冒険者では手に負えないほど強い『何か』がいるのは、間違いないのだ。

 それを討伐さえしてしまえば、どんな事情があれ、こいつはクエストを達成にするほかなくなる。


 Sランククエスト達成という事実さえ手に入ってしまえば、あとはそれを足掛かりに、本来のSランククエストを受ければいいだけ。

 結局のところ、多少の疑惑などは、実力で握りつぶしてしまえばよいのだ。


「あなたねぇ……」

「ミゲル。良いのです。」


 アドノスの言葉に物申そうとした白衣の男を、ゼエルが手を挙げて制する。


「しかしながら……まだお仲間が揃っていない様子。旅の疲れもありましょう。本日は宿に部屋を取っていますから、ゆっくりとお休みになってください。」


 そういって、にっこりと微笑むゼエル。

 その笑顔から、アドノスは背に冷たいものを感じた。


 それはまるで、巨大な蛇にでも睨まれたような、えもいわれぬ悪寒だった。

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