第85話 終わりの始まり②
聖竜教会の本堂は、百はくだらない信者で埋め尽くされていた。
その壇上に堂々と現れたのは、大司教――ゼエルの姿だ。
大小の黒い宝石があしらわれた歪な大きな杖が、彼が手を動かす度にギラギラと光る。
妙な巨体に黒を基調とした服装が相まって、それはまるでおとぎ話の『魔王』のようにすら感じられた。
彼はゆっくりと堂内を見回した後、突如かっと目を見開いた。
「まことに残念なことです!! 皆も知っての通り、ギルド協会が――とうとう罰を受けました。かの魔物達の襲撃は、聖竜様の寝床である遺跡を不当に占拠し、好き勝手に荒らしまわる人間に対しての、最終警告なのです!!」
おおお、と、割れんばかりの歓声が上がる。
ゼエルはその熱に応えるように、両手を振り上げ、何度も深く頷いた。
「これは始まりにすぎません。これから、彼らは更に重い試練と向き合うことになるでしょう。罪人とはいえ、同じ人間として……実に嘆かわしいことです。」
露骨に悲しそうな声で、天を仰ぐ。
しかし続けて、今度は途端に優し気な声色に変えた。
「しかし、我々は心配する必要はありません。正しいことを行っている我々は、神に認められているからです。人を真に裁くことができるのは、神だけです。ですから――」
アドノスは舌打ちをし、寄りかかっていた壁から体を引き離した。
「……下らん。」
吐き捨てるようにそう呟くと、足早に出口に向かう。
それに気づいたメディナとローザも、急いでその後を追った。
「あ、アドノス、どこに行くの……?」
「どこでもいい……あんな所にいたら、脳が腐る。」
そのまま教会の外に出ると、街の方へと足を向ける。
ゼエルが『本堂で講義を行うので、ぜひ見ていってください』と言うので、何かしら情報が得られるかと思い参加したが――あんな神様ごっこ、とても見ていられるものではない。
そもそも、俺に必要なのはSランククエストの達成のみであって、奴らの神になんぞこれっぽっちの興味もないのだ。
本来ならすぐにでもクエストに出発したいところだが、未だにロキとは連絡がつかないうえ、いつの間にかギィまで消えている。
あいつらの勤務態度には、もはや怒りを通り越して何も感じなくなってきたほどだ。
滞在先はゼエルが用意しているらしいので、そこに居ればそのうち来るのだろうが……いつ来るかわからない奴を待ち続けるほど、腹の立つこともない。
酒でも飲まなければ、やっていられない――そう思って、適当に路地を歩いていた時だった。
「……」
アドノスはあえて人通りのない裏路地に入ると、唐突に足を止めた。
「おい。」
「? アドノス、どうかしました?」
「テメェじゃねぇ。こそこそしやがって、出て来いよ。」
振り向いて、二人の後方――建物の間に落ちた影を睨む。
「……ほう。」
その影から溶けるように現れたのは、斧を背負った大男だった。
驚きのあまり、メディナとローザは言葉を失う。
その容姿に、アドノスは見覚えがあった。
同じくAランクギルド――アイアンウォールのギルドマスター、ライゼン。
「よく、見破ったものだ。探知系の魔法は感知できなかったが……」
「ハッ……あいにくだが、視線には敏感でね。」
アドノスは二人の間を割って歩み出ると、その顔を睨みつけ、目を細めた。
「何の用だ?」
ライゼンは腕を組み、少し考えるような間を置いてから、口を開いた。
「単刀直入に言う。聖竜教会の捜査に協力しろ。」
「……あ?」
瞼が痙攣するのを感じる。
ロキやギィといい、聖竜教会の奴らといい、こいつといい……。
どうして俺を、そんなに簡単に利用できる間抜けだと思い込んでいるんだ?
俺は利用される側じゃない、する側の人間なんだぞ。
アドノスは沸き立つ怒りを抑え、ライゼンを睨み返した。
「お断りだな。調査するんなら勝手にしろ。俺は俺のやり方でやる。」
「……これは、忠告も兼ねている。貴様が教会側だとは思っていないが、現状そうでないという保証も無い。」
「なんだと?」
いちいち腹の立つ物言いだが、大体の状況は察しがついた。
おそらく、聖竜教会が裏で何かしらヤバいことをやっていて、その証拠か何かを掴もうとしているのだろう。
そして、その件と無関係であることを証明するために、調査に協力しろと言っているのだ。
確かに面倒ごとに巻き込まれるのは御免だし、聖竜教会がどうなろうと知ったことではない。
しかし、今はタイミングが悪い。仮にこれで黒が出て、一斉検挙などと言うことになれば、Sランククエストの件がうやむやになってしまう。
目的の達成が目と鼻の先なのだ。ここで降りるわけにはいかない。
「俺は、あくまで依頼主からクエストを受けただけだ。正式にギルド協会を通してな。テメェにとやかく言われることはない。」
「そのクエストが怪しいと言っているんだ。お前の手に負える問題ではない。」
その言葉に、自分の中の何かが切れるのを感じた。
アドノスはゆっくりと剣を抜き、切っ先をライゼンに向けた。
「――試してみるか?」
「あ、アドノス……!」
メディナとローザが止めに入ろうとするのを、左手を振り上げて制する。
もちろん、本当に切りかかるつもりなどはない。
一貫して舐めた態度を取るこいつを、少し脅かしてやるだけだ。
しかし、ライゼンはおびえる様子も構える様子も無く、ただ小さく息を吐いた。
「ロルフも、つまらない男を後継にしたものだな。」
「――ッ!!」
耳障りな金属音とともに、火花が散る。
アドノスが振り下ろした刃は、ライゼンの巨大な斧に受け止められていた。
「あ、アドノスッ!!」
「何をやっているんです?!」
メディナとローザが必死に両腕を押さえる。
ライゼンは斧を背に戻すと、そのまま背を向けた。
「……もう、会うことも無いだろう。」
そうとだけ言い残すと、その巨体は再び、路地の影に溶けるように消えていった。
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