第83話 静かな夜


 その日の夜遅く。

 ロルフは一人武器庫にて、例の剣の整備をしていた。


 さすがに魔剣ともなれば、調整にも多少の時間がかかる。

 とはいえ、今日中にやる必要があるわけでもない。考え事をしていたら目がさえてしまったので、そのついでだ。


「……ふう。」


 一度武器から頭を上げ、肩を鳴らす。


 考え事というのは、やはりSランククエストの――アドノスの件だ。

 自分が口をはさむことでは無いとわかっている。

 しかし、だからといって考えないようにするというのも、存外難しいことだった。


「ロルフさん?」

「ん?」


 声に振り返ると、エトが扉を少しだけ開けて、半身をひょこりと覗かせていた。


「ああ、エトか。どうしたんだ?」

「えへへ……ちょっと、眠れなくて。」

「……そうか。まあ、俺も同じようなもんだ。」


 エトはそのまま部屋に入ると、ロルフの隣に歩み寄って、剣を覗き込むように座った。


「うまく、いきそうですか?」

「ああ。明日にでも、実戦で使ってみよう。うまくいけば、パーティーの火力がぐっと上がるぞ。」

「わぁ……楽しみです。」


 エトの笑顔は、とてもウズウズしているように見えた。

 よほど、この武器を使ってみたいのだろう。


 ロルフは小さく頷くと、再び整備を再開した。


「……私、その……ちょっと、焦ってたんです。」

「ん?」

「だって、ほら、みんな凄いじゃないですか。リーシャちゃんの魔法は凄い威力だし、スゥちゃんの斧は一撃必殺で、マイアちゃんは『賢者の目』が使えて……私は、何もないなぁ、って。」


 思わず整備の手を止めて、ロルフはエトの方を見た。


 もちろん、エトに対してそんなことを思ったことは一度もない。

 今のパーティーはエトがいるからこそ、それぞれの力を出し切れるのだ。他のメンバーもそのことは十分理解しているだろうし、『何もない』なんてとんでもない。


 しかし、そう口を挟むより先に、エトは笑顔でこちらに向き直った。


「だから、とっても嬉しいんです。これで、また私――強くなれますよね。」

「……!」


 ロルフははっとした。

 エトがそんなに強さを欲していたとは、予想していなかったからだ。


 無理はせず、ゆっくりでも確実に強くなっていく。

 それが最善だと、自分は今まで信じていた。


 しかし、それは間違っていたのかもしれない。

 強くなりたいという気持ちに、その憧れに、蓋をすることなどできないのだ。


「すまなかったな、エト。」

「へっ?」


 エトはきょとんとして、目を瞬かせた。

 その様子がどこか小動物みたいで、思わずロルフは笑った。


 自分は、トワイライトのギルドマスターなのだ。

 まずは、やるべきことに専念しよう。


「約束する。俺はお前を……お前たちを、もっと強くしよう。」

「――!」


 エトは頬を紅潮させて、こくこくと頷いた。



+++



「書類が、紛失した……?」


 ユーリは手に持っていた書類を机に置くと、エリカの顔を見た。


「はい、申し訳ありません……散った書類を整理するのに手間取ったので、判明するまでに時間がかかってしまって。」

「いや、それは仕方ないだろう。それで、何の書類なんだ?」

「それが……」


 エリカは千切れて残っていた一枚の紙を、机の上に差し出した。

 それを見て、ユーリは思わず表情をゆがめた。


「このページ以外の全てが、見つかっていません。破片も含めて、です。」

「そう、か……」


 目を閉じ、眉間を押さえながら、ユーリは深いため息をついた。


「魔物が偶然その書類を持ち出して、魔法で燃えてしまった可能性も、無くはないが……最悪のケースも、想定しておくべきだな。」

「と、いうと……?」


 ユーリは目を開くと、ぴっと人差し指を立てた。


「その道の専門家に、調査を依頼しよう。」

「専門家……ロルフさん、ですか?」

「はは、まあ確かに、あいつもほとんど専門家みたいなもんだけどな。」


 その指を更に上に動かしながら、ユーリはにっと笑った。


「いわば、その上――あいつの、だ。」

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