第32話 鬼人の一撃
ドレイクというのは、大型爬虫類、いわゆる『竜種』の中では、比較的小型である。
実際の大きさは馬よりも一回り大きいほどで、翼がない代わりに発達した強靭な足を持っている。
単体討伐ランクはBであり、前回討伐したブラッドグリズリーと比べても、特別強力というわけではない。
しかし、今回の戦いは、今までとは訳が違う。
「……っ、刃が……通らない……!」
エトは懸命に機動力を削ごうとするが、竜の鱗はそれを許さない。
竜種はそもそも防御力が高いのだが、更に激昂している場合、肉質までもが固くなる。短剣や双剣など、刃渡りの短い武器では、攻撃を通せない。
「そんな……見向きも、しないの……っ!」
リーシャの火球がいくつも命中するが、ドレイクはそれを完全に無視し、エトへの攻撃を続行する。
その特殊な鱗により、全ての竜種は高い魔法耐性を有している。そのうえ、今の彼女の杖には魔法を低出力にする調整がされているのだ。ダメージを与えるには、火力がまったく足りていない。
二人の得意とする、『低いダメージを確実に蓄積させていくスタイル』は、竜種の魔物に通用しないのだ。
武器の選択によっては勝機もあっただろうが、今この瞬間にそんなものは望めない。
戦いやすい敵を選び、準備して挑んでいた今までとは違う。
タイミングも、相性も――最悪だった。
「おまけに……手負いの竜じゃないか……!」
ドレイクの背についた大きな傷を見て、ロルフは奥歯を噛み締めた。
通常、竜種の魔物の多くは好戦的ではなく、怒らせた場合にのみ凶暴になる。それもしばらくすれば元に戻るのだが、この際に傷を負った個体は、痛みに我を忘れて暴走する場合がある。
こうなってしまうと目につくもの全てを襲うようになり、撤退した場合でも、周囲に甚大な被害を与える可能性がある。
それが人里近くとなれば、その影響は説明するまでもない。
もっとも――その知識があろうが無かろうが、この魔物をそのまま村に入れればどうなるかなど誰にでも想像できる。
だからエトもリーシャも、勝てないと分かっても、退くことができないのだ。
だが、そんな無理な戦い方は、決して長くは続かない。
「あぐ……っ!」
竜の爪の一撃が、ついにエトの胴体を捉える。
その体は、リーシャの後方にまで弾き飛ばされた。
エトの引きつけて回避する動きは、常に高い集中力を必要とする。
リーシャの援護が通用せず、一方的に攻撃をされ続けたなら、それが切れるのは時間の問題だったのだ。
「エト……っ!」
「う……、ごめん、リーシャちゃん……」
エトは辛うじて立ち上がったが、その体は明らかに限界だ。
その隙を逃さず、ドレイクは二人へと突進した。
まさに、絶体絶命だった。
+++
スゥは、鬼人の中では、かなり体が小さかった。
それも、家族の中で、自分だけが小さかった。
スゥには、二人の兄がいた。
二人とも特別に身長が高く、よくスゥのことをいじめた。
それを見て、里のみんなも、スゥを笑った。
『お前、本当に鬼人なのか?』
何度、そう言われて馬鹿にされたかわからない。
だから、スゥは冒険者になって、みんなを見返したかった。
小さくたって、すごくなれるんだって、胸を張りたかった。
里を出て、冒険者になったスゥは、『鬼人だから』という理由で、簡単にギルドに入れてもらえた。
その時はすごく嬉しくて、頑張ろうって思えた。
でも、パーティーの人たちと会ったとき、最初に言われたのは、里のみんなと同じ言葉だった。
「えっ……君、本当に鬼人なの?」
「あはは、ちっちゃーい!」
「本当に戦えるのか? お前。」
その三人はすごく仲が良くて、スゥはあんまり、戦闘には参加させて貰えなかった。スゥは足が速くないから、連携についていけないことが多かったからだ。
力だけはあったから、ほとんどパーティーの荷物持ち役だった。
それでも、努力すれば、いつかは強くなれると思った。
特訓もしたし、勉強だってした。
このパーティーで、頑張ろうと思っていた。
「と、盗品……なのだ……?」
「そうだ。最近ギルド内で盗難の報告が相次いでいたんだが……まさか、お前だったとはな。」
ギルドマスターの部屋に呼ばれたスゥは、信じられないことを告げられた。
スゥの持っていた荷物の中に、他のパーティーの戦利品が入っていたというのだ。それも、簡単にお金にできるものばかりが。
「そ、そんな、知らないのだ! それにこの荷物は、スゥのじゃなくて…… パーティーのみんなに聞いてくれたら、きっと……!」
「言い逃れは見苦しいぞ。そのお前のパーティーが、それはお前のものだと言ったんだ。」
「……っ?!」
頭の悪いスゥでも、すぐに分かった。
盗んでいたのは、パーティーのみんなで、スゥはその身代わりにされたんだ。
「ギルドとしても、妙な噂を立てたくはない。だから口外はしないが、お咎めなしという訳にもいかん。分かっているな?」
「あ……う……」
スゥは、ギルドを追放された。
それからすぐに、王都を離れた。
やることとか、目指す場所があった訳じゃない。
とにかく、遠くに行きたかった。
もう、何も見たくなかった。
冒険者も、ギルドも、希望も、夢も――。
+++
「らああああああッ!!」
エトとリーシャの前に、スゥが立ちはだかった。
斧を横に構え、ドレイクの突進を真正面に受け止める。足は地面を抉り、体中の筋肉が軋み、全身に激痛が走った。
「す、スゥちゃん?!」
「な、なにしてんの! 無理よ、早く逃げて!!」
「にゃはは……同じこと言ったら、二人は逃げてくれるのだ……?」
スゥは背中を向けたまま、無理やりに笑顔を作った。
二人はずるい。
スゥのほしいものを、全部持っていて。
スゥが見たくなかったものを、全部見せつけて。
それだけしておいて、スゥが、黙って見てると思ってるのだから。
「スゥは……もう、十分、逃げたのだ。……だから……だからぁ……ッ!」
スゥは息を止めて、その斧を思い切り押し出した。
竜の上半身が、僅かに宙に浮く。
右足を地面に叩きつけ、腰を落とす。
右手を離し、持ち替える。受け止める形から、振り下ろす形へ。
その手の震えは、もう、恐怖によるものではなかった。
「今度は、スゥの番なのだああああああ!!」
スゥは全身全霊の力で、その巨大な斧を振り下ろした。
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