第31話 山間の村にて④

「よし、着いたぞ。」


 ロルフは、宿屋の裏の林を少し進んだあたりで、足を止めた。


「え、もう、ですか?」

「でも、着いた……って、ここって……」


 エトとリーシャに続き、スゥも不思議そうな顔で、目の前の小屋を見つめた。


「……木こり小屋なのだ?」

「ああ、そうだな。」


 ロルフの返事に、思わず三人は顔を見合わせる。

 さっきまでの話と、何の関係があるのか、さっぱりわからない。


 そう思っていると、小屋の裏手から、一人の村人が顔を出した。


「おや、ロルフさんじゃねぇか。これはこれは、冒険者さんもご一緒で。」


 そう言って会釈をするので、三人もつられて頭を下げた。

 ロルフはそのまま村人らしき男に近づき、斧の調子はどうとか、世間話を始めてしまった。



「……ねえ、あれは誰なのだ?」


 エトとリーシャのほうを向くと、二人とも首を横に振った。


「うーん、知らない人、かなぁ……」

「まあ見た感じ、どうせまた道具を手入れしてあげたとかじゃないの? ロルフって、目を離すといつも何か整備してるのよね。」

「あはは、たしかに……。傷んだ道具を見てると、ウズウズするんだ……って、この前言ってたよ。」

「うわー、すごいのだ。人の役に立つタイプの変人なのだ。」

「そ、そんな言い方……くふっ……」

「それは……言い得て妙ね。」


「……聞こえてるからな?」


 その声にはっとして振り返ると、先ほどの村人はいつの間にかいなくなっており、ロルフ一人がこちらを見ていた。


 三人は「あはは」と笑ってごまかしつつ、ロルフのほうに向き直る。


「そ、それで……どうしてここに来たのだ?」

「うん。実は昨日、村の農具をいろいろと整備してたんだが……その中に一つ、武器が紛れ込んでいてな。今さっき、それを持ってきてほしいとお願いしたところだ。」

「って、やっぱり、整備はしてたのね……」

「しかも、農具の中から武器を見つけるなんて……。ロルフさんらしいというか、なんというか……」


 リーシャとエトが呆れ笑いする隣で、スゥは余計に頭を悩ませていた。


「あ、あの……でもさっき、武器があってもスゥだと戦えないって……」

「いいや。それは、武器が『短剣』の場合だ。」

「へ?」


 短剣だと、戦えない?

 むしろ今までそれ以外、使ったことすらないのに。


 困惑するスゥを見て、ロルフは少し考える仕草を挟んで、話をつづけた。


「そうだな。一応聞くんだが、どうしてスゥは短剣を武器に選んだんだ?」

「えっと、それは普通に、武器屋の人におススメされたのだ。スゥは身長が小さいから、短剣がちょうどいい、って……」

「そういえば、私もそうでした。今はロルフさんの勧めで、双剣ですけど。」


 隣から、エトも顔をだす。

 その二人に対して、ロルフは少し複雑な表情で、何度か頷いた。


「実は、言いにくいんだが……それはあまり当てにならないんだ。エトの場合は、偶然適性が合ってたみたいだが……」


 ええ! と、二人で同時に叫ぶ。


「わ、私、運が良かっただけ……?」

「あ、あの武器屋、適当に言ってたのかーっ?!」


 ロルフは両手を出して、落ち着けとジェスチャーした。


「まあ聞け。武器っていうのは、けっこう値が張るだろ。駆け出し冒険者の手持ちじゃ、短剣くらいしか買えないことが多くてな……。『その手持ちで買える武器でも、何とかなるぞ』という励ましの意味で、昔から良くそういうことを言うんだ。」


 スゥはそれを聞いて、ぽかんと口を開けた。

 エトもその意味に気づき、恥ずかしそうにうつむいている。


 つまり……スゥがお金を持ってなかったから、短剣を勧められただけで……

 ということは、つまり……?


「じゃ、じゃあ、スゥは……本当は――?」


 その言葉をかき消すように、小屋の扉が力強く開け放たれた。


「よっこいせぇ! ロルフさん、これだな!!」

「……?!」


 その掛け声と一緒にずん、と地面に突き立てられたのは、一本の『斧』だった。


 しかし、ただ斧と呼ぶにはあまりに大きく、両刃で、その斧頭だけでもスゥの顔をすっかり隠せてしまいそうだ。


「うわあ……、大きい……重そう……」

「ま、まずそれ、武器なの……?」


 エトとリーシャも、驚きの声を上げる。

 それを見たロルフは、にやりと笑った。


「ふふ、驚いただろう。これは『戦斧いくさおの』と言ってな。あまり使い手のいないマイナーな武器なんだが、ここで見つけた時は俺も驚いたよ。」


 ロルフはお礼を言って、村人からそれを受け取ると、スゥの前までやってきた。


「さあ、スゥ。これを持ってみるんだ。」

「う……うん……」


 ごくり、と唾を飲み込む。

 緊張で震える手を、その鉄製の柄に手を伸ばす。


「だ、大丈夫? スゥちゃん……」

「む、無理するんじゃないわよ、落としたら怪我するかも……」


 近くで二人が、心配そうに見守っている。


 小さな短剣から、急にこんなでっかい鉄のカタマリになるのだ。自分だって、ものすごく不安だし、怖いって思う。


 でも……こんなにドキドキするのは、なんでだろう。


 今まで、いいトコ無しだった。

 パーティーでも、ずっと、お荷物だった。


 でも、もしかして。

 これでもしかして、スゥは――



 その時。

 突如、林中に、うめき声のような重低音が響き渡った。


 反射的に全員が辺りを見回す。


「な、なな、なんなのだ?!」

「今の、魔物の鳴き声……?」

「……っ、みんな、あそこっ!!」


 エトが指出した林の先に、何か黒いものが動いた。

 それはいくつかの木をなぎ倒しながら、もの凄い速さで、こっちに向かって突き進んでくる。


 それを見て、ロルフは表情を強張らせた。


「あれは……『ドレイク』じゃないか! 竜種の魔物がどうして、こんな村の近くに……?!」


 その見た目からも、ロルフの声色からも、それが強い魔物だということは明らかだ。

 斧に添えた手が、震える。

 足がすくむ。


 その直線上に、エトとリーシャが立ちふさがった。


「ロルフさん、スゥちゃん、下がってください!」

「まったく、こっちは村だってのよ……! エト、なんとか食い止めるわよ!」


 そう言って武器を構える姿は、とても勇敢で、カッコよくて。

 きっと、なんとかなるって、そう思えた。



「待てッ! そいつは…………!!」


 ――そのロルフの言葉を、聞くまでは。

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