第30話 山間の村にて③
「あ……あのー……これは一体、何がどうしたのだ……?」
あれから、しばらくして。
スゥの目の前には、テーブルいっぱいの料理が並べられていた。
「スゥとか言ったわね。……貰った食材で料理を作ったら、作りすぎちゃったのよ。食べていいわよ。」
「村の人から貰った新鮮な食材だから、すごく美味しいよ!」
「え、ええー……?」
実は、先ほど貰ったもののうち、肉や野菜は傷んでしまうので、地下の倉庫に入れさせてもらっていた。
そしてついさっき、女将さんに調理場を貸してもらえないか聞いたところ、「あんたたちなら好きに使いな!」と豪快に許諾してくれたので、それらを全部料理してきたのだ。
ちなみに、実際、作り過ぎでもあった。
「い、いやいや、スゥが言うのもあれだけど、絶対に流れがおかしいと思うのだ。何かこう、勘違いとかをしてないかなのだ……??」
スゥは混乱した様子で、エトとリーシャの顔を交互に見た。
しかし、二人の表情は変わらない。
「うるさいわね、あんたに拒否権はないのよ。ほら、食べなさい。」
「えっ……」
「スゥちゃん、お腹空いてるんでしょ? 遠慮しなくてもいいから……ね?」
「ええっ……?」
エトとリーシャは、それぞれスゥの左隣と右隣に寄り、食べ物を差し出した。
その優しい視線が、余計に混乱を上乗せする。
スゥはもう訳が分からず、涙目になった。
「す、スゥは……スゥは……」
「スゥはもしかして、この後死ぬのかーっ?!」
この後、騒ぎを聞きつけて部屋に入ったロルフは、大量の料理を前にして泣いている見知らぬ鬼人の少女と、その両側で食べ物を差し出すエトとリーシャの姿を目撃。
そのあまりに理解し難い光景に、一旦、扉を閉めるのだった。
+++
「……なるほど。事情は、大体わかった。それなら、うちのギルドに入るといい。」
「ほ、本当なのだ……?!」
ロルフは、エトとリーシャの料理をみんなで食べつつ、話を整理していた。
鬼人の少女、スゥ。
彼女の話を聞いて、エトとリーシャが同情するのは、自然なことだろう。彼女もまた、ギルドで虐げられ、追放された一人なのだから。
もちろん、だからと言って盗みが許されるわけではないが、実被害は無かったようだし、何より本人が深く反省している。これ以上は問うまい。
それに、ちょうどトワイライトにも、新しいメンバーがほしいと思っていたところだ。
エトとリーシャが頑張ってくれているおかげで、新人を一人育成するくらいの余裕はある。タイミングは良かったと言えるだろう。
「よかったね、スゥちゃん!」
「ふん、足手まといにならないようにだけ、注意しなさいよね。」
「ふ、二人とも……っ、ありがとうなのだぁ……!」
スゥは目を潤ませて、二人に抱きついた。
その様子をみて、ロルフは微笑んだ。
色々あったとはいえ、ついさっき会ったばかりとは思えない馴染みようだ。
スゥが人懐っこい性格だというのもあるが、似た過去を持つ者同士、共感できることが多いのかも知れない。
メンバーの仲がいいのは何よりだし、そうとなれば、一緒に戦わせてやりたいという気持ちもあるのだが――。
「……だが、エトとリーシャとパーティーが組めるかと言うと、難しいかもしれない。その二人はBランク相当の実力があるからな。」
「あ……」
それを聞いて、スゥは少ししゅんとした。
かわいそうだが、こういったことは早めに言ってあげるのが本人のためだ。
実力の離れたパーティーでは、成長は望めない。
しかし、何故かそれに対して、エトが自信ありげに手を上げた。
「ふっふーん、それは多分、大丈夫ですよ!」
「えっ?」
驚くスゥとロルフをよそに、エトは立ち上がり、スゥの荷物から何かを引き抜いた。
「ロルフさん、これですっ!」
「……これは……?」
差し出されたそれは、刃こぼれだらけの、見るからにボロボロの短剣だった。
エトからそれを受け取ると、じっくりと観察する。
「うわ、ひどい状態ね……。でも、なるほど。そういうことね。」
「ね? リーシャちゃんも、そう思うよね。」
「え、え? どういうことなのだ?」
よくわからないといった様子のスゥに、二人は笑顔で答えた。
「スゥちゃんも、このロルフさんの手にかかれば、一気に強くなれるってことですよ!」
「ええ、きっとスゥも驚くわよ。なんたって、ロルフは――」
「いや、これは……無理だな。この短剣を完璧に整備したとしても、スゥが戦えるとは思えない。」
その言葉に、今まで楽し気に話していた二人は、凍り付いたように会話を止めた。
「……え? な、なーんだ、話が違うのだー? あはは……」
スゥが茶化そうとしても、場の空気は一転して、恐ろしく重くなっていた。
「……ごめんなさい、スゥちゃん……。私、余計なことしちゃって……」
「あ……あれよ。冒険者がダメでも……生きていく方法なんていくらでもあるわ。そんなに気を落とすんじゃ無いわよ……」
そのあまりにも絶望的な雰囲気に、スゥの顔も青ざめていく。
「こ、この人にダメって言われたら、もうそんなに、どうしようもない感じなのか……? スゥはもう、故郷に帰るしかないのか……??」
スゥはそのまま床に手をつき、エトとリーシャは、それを慰めるように寄り添った。
世界に三人だけ生き残ったかのような、壮絶な悲壮感が漂っていた。
「まてまて! そこまでは言ってないだろう。ちょっと話を聞け!」
「……え?」
ロルフがそう言うと、三人は揃って顔を上げた。
「いいか。この先端の方、少し曲がってるのがわかるか?」
短剣を縦にして、三人の前に差し出す。
「あ……。確かに、ちょっと歪んで見えますね。」
「それがどうしたのよ。曲がってると、流石に打ち直さなきゃいけないとか、そういうこと?」
「いや。それもそうなんだが、今回はそういう話じゃない。スゥ、お前がこの短剣を買ったときも、この剣は曲がってたか?」
その問いに、スゥは申し訳なさそうに俯いた。
「それは……そんなことは、無かったと思うのだ。たぶん、スゥが乱暴に使ったから、曲がっちゃったのかなって……」
「それだ。」
三人は揃って首をかしげた。
口で説明してもいいが、こういったものは、見せたほうが早い。
幸いにも一つ、心当たりがある。
ロルフはその場で立ち上がると、軽く手を叩いた。
「よし、少し出かけるぞ。エト、リーシャ、それからスゥも。」
「えっ……ど、どこにいくのだ? 武器の話は、もういいのか?」
スゥはおどおどしながらそう言った。
エトとリーシャも、お互いに顔を見合わせている。
「ちょうど昨日、いいものを見つけてな。お前は運がいいぞ、スゥ。」
「いい……もの?」
スゥは期待と不安の入り混じった顔で、ロルフの目を見つめた。
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