第29話 山間の村にて②

「え……えーっと……」

「どういう状況……?」


 シロの声を頼りに、宿屋の裏手に回ったエトとリーシャは、思わず顔を見合わせた。


「や、やめるのだ、あっち行けなのだーっ!」

「キューイ!!」


 その先では、フードを被った一人の少女が、シロに追いかけまわされていた。

 どこに行くでもなくその場をぐるぐると回っており、こちらのことにはまだ気づいていないらしい。


 その姿には、僅かに見覚えがあった。


「あっ……あの子……」

「え。エト、知ってるの?」

「知ってるって程じゃないんだけど……さっき村の人たちに色々貰ってた時、後ろの方で見たような……?」


 そうしている間に、シロは少女に追いつき、そのフードにがっしりと掴まった。


「ふぎゃー!」


 驚いた少女は、そのまま転倒する。


「あっ、た、大変……!」

「よし、でかしたわ、シロいの!」


 エトは怪我を心配して駆け寄ろうとしたが、リーシャはそれよりも早く少女の前に飛び出した。

 逆にシロは二人に気づき、こちらへ飛んできたので、エトはそれを抱きとめた。


「う、うう……どうしてスゥがこんな目に……」

「それはこっちのセリフよ。あんた、うちの子に何したの?」

「ひえ……っ?!」


 少女が顔を上げると、その眼前にはリーシャが仁王立ちしていた。


「落ち着ける場所で、ゆっくり詳しく話を聞かせてもらおうじゃないの……」

「あ、あわわ……。笑顔が怖いのだ……」


 エトが声をかける間もなく、その少女は、部屋へと連行されていった。



+++



 フードの少女、スゥは、部屋の真ん中に正座させられていた。


 目の前には、先ほどの子竜を抱いたエルフと、竜人の少女が立ちふさがっている。

 エルフのほうはそうでもないのだが、竜人の方は『逃がさんオーラ』を常に発しており、脱出は望み薄だ。


「で。あんたは、この部屋に入ったのよね。そこの窓から。理由を話してもらうわよ。」

「そ、それは……その……」


 おずおずと、部屋に積まれた箱を指差す。


「え……これ? さっき村の人から貰った、食べ物とかだよ?」


 エルフのその問いに、こくりと頷く。

 残念ながらスゥが入ったときには、それらの食べ物は影も形もなかった。


「その……スゥは、お腹が減ってたのだ……。それで、二人が沢山食べ物を貰ってるのを見たから……」


 目の前の二人は、顔を見合わせた。


「じゃ、最初っから、泥棒に入ろうとしたわけね。」

「り、リーシャちゃん、そんなにきつい言い方しなくても……」

「エトは黙ってて!!」

「はいっ、ごめんなさい!」

「キュイっ!」


 エルフの方は、子竜を抱いたまま、何故か自分同様にその場に正座した。


 そして、竜人の方はこちらに向き直ると、顔を覗き込んできた。


「それとあんた、いつまでそのフード被ってるつもりよ。この期に及んでまだ顔を隠すつもり?」

「……っ! こ、これは……」

「問答無用よ、取りなさい!」


 抵抗する間もなく、フードが脱がされる。

 するとそこに隠れていた――赤い瞳と、額の二本のツノが、あらわになった。


「へえ……あんた、鬼人だったのね。」


 それを見た二人は、やはり、意外そうな顔をしていた。


「あ……。う……。」


 褐色の肌、赤い瞳、額のツノ、そして――強靭な、肉体。

 それが、鬼人の特徴だ。


 そう。それにしては、自分の体は、小さい。

 腕も、足も、明らかに細い。


 だから、鬼人に見えない。


 また、馬鹿にされる。

 笑われる。


 『そんなちっちゃいのに、鬼人だったの?』って――。



「まあ、そんなことはいいのよ! それで、テーブルの上の魔石を、どこにやったのよ。」

「……え?」

「え……じゃないわよ! おおかた、食べ物がなかったから、金目の物を持って行ったんじゃないの?」


 そんなことは、いい?


 スゥは、予想外の反応に、しばし唖然とした。

 しかし、すぐに誤解をされていることに気づいて、急いでそれを否定した。


「あ、え、ええと、違うのだ! それなら、ベッドの中にあるのだ……」

「ふん、そうやって、最初から素直に言えば……って、ベッド?」


 すぐそこにある、ベッドの上を指差す。

 エルフの少女が布団をめくると、魔石はそこに置いてあった。


「あ。ほんとだ……。あったよ、リーシャちゃん。」

「な、なんで、そんなとこに……?」

「……ごめんなさいなのだ。ちょっと困らせようと思って、そのお宝みたいなのを、布団の中に入れたのだ……」


 そう、食べ物がなかった腹いせに、ちょっとだけ、いたずらをしようと思ったのだ。本当にそれだけだったのだけど――。


 それを聞いて、エルフの子がぽん、と手を叩いた。


「あ、そっか。それで、中で寝てたシロちゃんにぶつかっちゃったんだね。」


 その言葉に、黙って頷く。


 確かに布団は多少膨らんでいたのだが、枕か何かが入ってるんだろうと思い、中身を見ずに魔石を突っ込んでしまったのだ。

 そんなところで竜が寝てるなんて、想像できるはずもない。


「あ、あんたねぇ……」

「まあまあ、リーシャちゃん、魔石も盗んだわけじゃなかったんだし……」

「そ、それより! 二人とも、スゥを笑わないのか? 鬼人なのに、ちっちゃいって……」


 スゥは、どうしても、その疑問を口にせずにはいられなかった。

 だって、この二人は、冒険者なのだ。冒険者なのに――。



 二人は揃って、ぽかんとした顔をしていた。


「はあ? そんなことするわけないでしょ。ばっかじゃないの?」

「そうだよ、身長なんて、人それぞれだし。……わ、私も、そんなに大きくはないし……」

「……ぷくっ。」

「あっ、 リーシャちゃん、今笑ったでしょー!」

「ご、ごめんごめん、だって、エトの言い方……ふふっ。」


 ……そんな。

 今まで会った冒険者は、みんなそのことを馬鹿にして、嘲笑って、そして――。



 気が付いたら、エルフの少女が、目の前に座っていた。

 その目は、自分の目を、真っすぐ優しく見つめていた。


「あの……もしかして、何かあったの? 馬鹿にされたり、とか……?」


 その暖かい声に、スゥの心は、強く揺れ動かされた。

 胸が、締め付けられるように痛くなる。


 自分は、一体何をしているんだろうか。


 冒険者は酷い人ばかりだと、勝手に決めつけて。感謝されている人たちに、嫉妬して。盗みに入ろうとして、嫌がらせして。


 その人たちに、心配されて――。



 スゥは、床に自分の額を叩きつけた。

 二人が驚きの声を漏らす。


「ごめんなさい、ごめんなさいなのだ! スゥは……スゥは、二人がうらやましかったのだ。冒険者で、活躍してて、みんなに、みんなに感謝されてて……!」


 両目から、後悔の涙がこぼれた。

 そして、絞り出すように、最後の言葉を吐き出した。


「スゥは……スゥはなんにもできなくて、ギルドから、追い出されちゃったから――!」

「……!!」


 目の前の二人は、それを聞いて、ゆっくりと互いに顔を見合わせた。

 それから、二人は静かに頷いた。


 そして……何故かすごい勢いで、二人は部屋から出ていった。

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