第28話 山間の村にて①

 エトはリーシャから、今いる場所についても教えてもらっていた。


 ここは『ロコモコ村』といって、サボン第七遺跡から一番近い村なのだそうだ。

 遺跡は王都から少し離れていたので、もともとクエストを達成した後は、この村で一泊する予定だったらしい。


 ちなみにロルフによると、ケーブバットの討伐とオオガネムシの討伐を依頼したのも、この村の住人達だという。

 もっとも、クエストのやり取りはギルド協会を通して行われるので、自分たちがここの村人たちと何かするわけではない。


 はずだったのだが――。



「おお! あんたらが、魔物を退治してくれた冒険者だなぁ!」

「昨日は全然野菜が食い荒らされなかったよ!」

「うちの家畜たちもさ! ようやってくれたなぁ!」

「あんたたちだったのかい! じゃあ宿代は受け取れないねぇ! 何泊でもしていきな!!」


 ちょっと散歩に、と宿屋を出たエトとリーシャは、気づけば村人たちに包囲されていた。騒ぎが更に人を呼び、遂には宿屋の女将さんまで出てくる始末だ。

 確かに、ロルフが『村長には昨日、先に報告しておいたぞ』と言っていたが、まさか一晩で村中に知れ渡っているなんて。


 ちなみに、当のロルフは知人に手紙を書くとかで、宿屋の部屋に籠っている。


「え、ええ、あの、そのっ……!」

「べ、別に大したことないわよ。仕事でやっただけなんだから……」

「いやぁ、大したもんだ、こんな若いのにねぇ。」

「もうすぐ収穫の時期なんでな、困り果てとったのよ。」

「うちの村は家畜と、野菜と、果樹しか無いからねぇ。」

「魔物がいなくなりゃ、また観光客も来よるな。忙しくなるなぁ!」


 その圧に思わず萎縮してしまうが、そんな生き生きとした村の人たちを見ていると、とても暖かい気持ちになる。

 自分たちの行動で、誰かの生活を、誰かの幸せを、守ることができたのだ。


 エトは、胸の奥から、何かが込みあがってくるのを感じていた。


「エト、感傷に浸ってるとこ、悪いんだけど……このままじゃ、まずそうな気がするわ……」

「……え? まずいって、何……が……」


 目の前の村人たちに視線を戻すと、各々が両手に何かをもって、目を光らせていた。

 にじり寄ってくる彼らの迫力に、思わず一歩後ずさる。


 それを皮切りに、村人たちの総攻撃が始まった。


「これ、うちの畑でとれた根菜! 持っていきな!」

「こっちの肉もよ、一番の部位でな、なかなか出回らんのよ!」

「この果物な、よく熟しとるんだ。食べ食べ!」

「何を言うとる、まずは村名産のロコモコダケに決まっとるが!」


「はわわわわわ……!」

「ちょ、ちょっとまっ……!」


 村人たちによる特産品攻撃はエトにも躱すことはできず、二人はされるがままになるのだった。



「……冒険者なんて……どうせみんな、酷い奴なのだ……」


 その喧騒の中、村人の波の向こう、エトの視界の端に、一人の少女の姿が映った。

 それはフードをかぶり、片手に短剣を握って、深く俯いていた。


「……え?」


 再び視線を移すと、その少女は居なくなっていた。


 気のせい、かな……?


「エ……ト……もう、持ちきれな……」

「えっ。」


 後衛担当のリーシャは、そろそろ限界を迎えようとしていた。

 二人の戦いは、もう少しだけ続いた。



+++



「ふう……ひどい目にあったわ……

「あはは……こんなに色々もらえるなんて……」


 結局、エトとリーシャは、宿屋の部屋に逃げ込んだのだった。

 部屋の中には、村人から貰った数々の品が山積みになっている。


「しばらくは、食材に困らなさそうね……。っていうか、運べるのかしら、これ。」

「それは大丈夫じゃないかな。馬車のおじさんが、『帰るときは声かけな! 荷物もまとめて、タダで運んでやるからな!』って言ってたから……」

「はあ。まったく、とんでもなくおせっかいな村ね、ここは。」

「ふふっ、そうだね。」


 そうこぼしながらも、リーシャもとても嬉しそうだった。

 基本、冒険者はギルドを通して仕事をするので、こうやって依頼者から感謝されることはあまりない。

 依頼者との過度な関りはトラブルの元、という理由で、冒険者側には依頼者の情報が知らされないことも多々ある。

 そのことは納得しているし、正しい仕組みだと思う。


 でも、やっぱり、直接お礼を言われるのは嬉しいものだ。



「ロルフさんにも教えてあげないと。まだ、手紙書いてるのかな。」

「そうね、魔石について専門家にどうとか言ってたから、難しい手紙なんじゃないの?」

「あー……確かに……」


 よくわからないけれど、専門的な手紙というと、長くなりそうな気がする。

 どんなことを書くんだろうな……と、何気なしにテーブルに目をやって、エトはその異変に気が付いた。


「……あれ。リーシャちゃん、魔石って、ここに置いてなかったっけ……?」

「え? そのハズだけど……」


 テーブルの上にあったはずの魔石は、影も形もなくなっていた。

 部屋の鍵はリーシャが持っていたので、ロルフは入れないはずだし、魔石がひとりでに動くはずもない。


 ばっ、と二人は顔を合わせる。


「ま、まさか……!」

「盗まれ……た……?」


 窓のほうを見ると、案の定、閉まっていたはずの窓が開いており、カーテンが風にたなびいていた。


 まずい。あの魔石は、未探索の遺跡に行ったことの、唯一の証拠なのだ。

 あれが無くなったら、きっとロルフだって困るに違いない。


 エトは周囲を見回し、もう一つ無くなってるものがあることに気づいた。


「……っていうか、シロちゃんもいないよ!」

「ええっ?!」


 そう、宿屋を出た時、シロはまだ眠そうだったので、そのまま部屋で寝かせていたのだ。

 誰かが部屋に入ったのなら、必ず出くわすことになる。


「じゃ、じゃあ、シロいのは今――」


 混乱極まる最中、窓の外で、聞き馴染みのある大きな音が響いた。


 それは、シロの鳴き声だった。

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