第27話 強大な力

 王国直営ギルド――『王の矛キングハルバード』、『女王の盾クインシールド』。

 Sランクギルドというのは、現状この二つしか存在しない。

 もっとも、後者は治療専門の特殊なギルドであるため、一般的にSランクギルドといえば、前者のことを指す。


 ギルドランク制が制定されると同時に、国は自らが運営する二大組織、王国騎士団と王国治療院をそれぞれギルド化し、Sランクの称号を与えた。

 だが、自分たちが勝手にランク付けされた上、その最上位のギルドを国が作るとなると、当然面白く思わないものも出てくる。

 当時は国とギルドの関係があまり良くなかったこともあり、このことが皮切りになって、多くのギルドによる暴動が起こった。


 しかし、国の立ち上げた二つのギルドは、これを僅かな時間で鎮圧。

 『Sランク』という圧倒的な力を世に知らしめ、皮肉にもこの事件は、ランク制を浸透させる結果となった――。



 アドノスたちは、王国のはずれにある洞窟へ来ていた。

 クエストのためではない。『元Sランク』の二人の実力を、試すためだ。


 ここは『竜の洞窟』と呼ばれており、その名の通り、竜種の魔物の巣だ。

 竜種は魔物の中では比較的おとなしく、縄張りに入らない限りは襲ってこない。しかし、ひとたび怒らせると、魔物の中でも最上級の凶暴性を見せることで知られている。


 この洞窟にいるのは、翼のない比較的小型の竜だ。

 単体ではBランク相当だが、複数体を相手にするとなると、Aランクパーティーでも苦戦を強いられる。


 そんな竜の頭が――どちゃり、と、嫌な音を立て、目の前に転がった。


「……想像以上、だな……」


 頬にはねた返り血を指で拭って、アドノスは引きつった笑みを浮かべた。

 その視線の先には、額に角を生やし、血みどろの大鎌を担いだ、死神のような男が立っている。

 それは首を失った竜の死体をわざとらしく踏みつけ、天井を仰ぎ見ながら高笑いした。


「ヒハハハッ! 弱い、弱いなァ! 次はどうした、次ィ!!」


 鬼人の大鎌使い、『ギィ』。

 武器の遠心力を利用した奇妙な動きで懐に潜り込み、種族特性の常識離れした筋力で急所を引き裂く。

 一見するとただ乱雑に武器を振るっているようにも見えるが、攻撃をかわしながらも急所に切っ先を突き立てるその動きは、奇妙なほどに洗練されている。


 強者なのは間違いないが、見るからに残忍な性格であり、魔物を殺すことについても楽しんでいるようにしか見えない。

 口論から複数人の仲間を半殺しにしたとかでギルドを追放されたそうだが、その様子が易々と目に浮かぶ。



 その向かい側で、もう一人の男が持つ十字の槍に、雷が落ちるのが見えた。

 それは纏わりつくように刃先に留まり、その刃で突かれた魔物は、電撃によって内側から貫かれていく。


「……我が神の名の下に、安らかに眠れ。」


 竜人の槍使い、『ロキ』。

 種族特性である強大な魔力を利用し、槍に魔法を付与して近接戦闘するという、他に類を見ない戦い方をする。

 魔法耐性がある魔物でも体内までは守れないため、その一撃は決まれば必ず致命傷となる。


 聖竜教とかいう宗教の熱心な信者らしく、まるで神父のような姿をしているが、その老け顔に刻まれたいくつもの傷跡が、歴戦の戦士であることを感じさせる。

 硬派な男に見えるが、意外にも王国の倉庫に盗みに入り、その罰としてギルドを追放されたという。



「す……凄い……こんなにアッサリ……」

「竜種は防御力が高いはずですのに……」


 メディナとローザが、表情を強張らせている。

 だがアドノスは、その予想以上の戦力に、心を躍らせていた。


 元Sランクと言っても、いわばSランク落ち。Aランク程度の実力かも知れないと心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 人間性のほうは褒められたものじゃないが、それはこの際目を瞑るとしよう。


 この二人は、十分に強い。俺が利用するに価する。



「おーいおい、こんな雑魚共と戦わせて、どういうつもりだ? ギルドマスターさんよぉ。」


 片手をぶらぶらさせながら、ギィが歩いてくる。


「ハッ、その割には、楽しそうに見えたが?」

「おお? 言うねぇ。その後ろのお二人さんみたいに、ビビっちまったかと思ったぜ。」


 背後に目を向けると、メディナとローザが後ずさりする様子が見えた。

 まあ、こいつらは俺と違って実力があるわけではない。残念なことだが、この程度で圧倒されてしまうのであれば、そこまでの奴らということなのだろう。


「それで、Sランククエストを受けるというのは……本当なのだろうね。」


 ギィの隣に、ロキが立ち並ぶ。


 そう、この二人は、『Sランククエストを受けさせてやる』という条件で、ギルドに勧誘したのだ。


「ああ、もちろんだ。だが、どのクエストを受けるかは、まだ調整している。」

「ハァ? 何寝ぼけたこと言ってんだ、なんでもいいからすぐに受けりゃいいだろうがよ。」


 ギィが小馬鹿にした顔を突き出す。

 全く、頭の悪い奴というのは、気楽なものだ。


 上位ランクのクエストを受けるには、ギルド協会の承認を得なければならない。

 現状であれば通せるだろうが、もし適当に受けて失敗でもしたら、二度と承認が下りなくなる可能性がある。

 Sランククエストは、このギルドに取って起死回生の一手だ。

 慎重に事を進めねばならない。


 アドノスはあえて高圧的に、ギィを睨み返した。


「お前らの強さは分かったが、ギルドマスターは俺だ。命令には従ってもらう。」

「へぇ……そうかい。」


 ギィは意外にも、素直に引き下がった。

 しかしそのニヤついた顔には、何か引っかかるものがあった。


「まあ、いいんじゃないの。だけどなぁ。」

「……何だと?」


 アドノスが反応すると、ギィは待ってましたとばかりににやりと口を開けた。


「あれぇ? もしかして、俺たちが何も知らずに来たとでも思ってんの? このギルド、今ヤバいんだよなぁ??」

「……ッ!」


 思わず、唾を飲み込む。


「失敗扱いになったクエストには、履歴が残るからなぁ。失敗しまくってるギルドは、勝手に知れ渡っちゃうんだよなぁ。ハズカシー!!」


 詰め寄るギィの体が、異様に大きく見える。

 アドノスは、言葉を発することができなかった。


「さぁて、もしこのギルドがBランクに落ちちゃったりしたら……誰のせいなんだろうな? 何の影響だろうな? なかなかの難問だよなぁ~!!」


 ギィの高笑いが、洞窟中に反響する。


 砕けそうになるほど、奥歯を噛み締める。

 目が真っ赤に充血していくのがわかる。



 ギィはそのまま踊るようにアドノスに近づき、耳元でささやいた。


「なぁ……急いだほうが、いいよなぁ?」

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