第33話 騒ぎの後に
ロルフは、目の前の光景を、すぐには信じられなかった。
自分の身長ほどもある戦斧をひったくるように持ち去り、そのまま弾丸のように飛び出したスゥは、ドレイクの突進をその身一つで受け止め、あまつさえ弾き返し、返しの一撃を叩き込んだのだ。
ドレイクは、しばらく上半身を浮かせたまま、その場に硬直した。
そして、低い呻き声発したのち、ゆっくりとスゥの足元へと崩れ落ちた。
「や……やった、のだ……?」
スゥが恐る恐る、倒れた竜を覗き込む。
それは、もはや指の一本すら、動かさなかった。
「……すごい、すごいよ、スゥちゃんっ!」
「う、うあっ、エト……っ。」
エトに抱きつかれても、スゥはまだ現実味が無いといった表情だった。
自分が倒したという実感が、まだ持てないのだろう。
「驚いたわ……まさか、これを一撃なんて……。」
倒れたドレイクを慎重に観察し、リーシャも感嘆の溜息を漏らした。
すぐにスゥの方を向き直り、呆れた笑顔を見せる。
「何よ……心配して損したわ。全然、戦えるじゃない。」
「リーシャ……」
スゥは自分の手に握られた、戦斧に目を落とした。
それは陽の光を受けて、鈍く輝いていた。
「うぅ……スゥちゃん、良かった……良かったよぉ……」
「ちょ、ちょっと、何でエトが泣いてるのだ?!」
「だって……何か、感動しちゃって……うう……」
「へ、変なの、だ……せ、せっかく、倒したのに……うっ……ぐすっ……」
「ば、馬鹿、二人とも何泣いてんのよ……っ! ……も、う……っ。」
抱き合って泣きだしたスゥとエトの隣で、リーシャも目元を押さえている。
ロルフはそれを、少し離れた場所から見守っていた。
これから先、この三人の可能性に、胸を躍らせながら。
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「いいからいいから、貰ってやってくれ! 村を二度も救ってくれた冒険者さんの武器になるんだ、それ以上のことはねぇからよ!」
「はは、そういわれると……断れませんね。ありがたく、活用させて頂きます。」
結局、借りるだけのつもりだった戦斧は、持ち主の好意で貰い受ける形となった。
もちろん安いものではないので、これにはさすがに代金を払うと申し出たのだが、結果はこの通りだ。
そのことを伝えると、スゥはとても喜んで、村長に報告したり、宿に戻る間にも、ずっとそれを手放さなかった。
正直かなり重い武器なので、持ってるだけでも疲れると思うのだが……うまく扱えたことがよほど嬉しかったのだろう。
エトとリーシャも、その様子を興味深そうに見ていた。
「それにしても、よくこんな大きな武器が使えるね、スゥちゃん。」
「にゃはは、スゥはずっと荷物持ちしてたから、力だけはあるのだ。」
「い、いやいや……何を運んでたのよ、何を。」
「せっかくだから、ちょっと持ってみるのだ?」
「え……ってうわッ、重っ?! こ、こんなのどうやって振ってんのよ!!」
「あ、あわわ、リーシャちゃん、こっちに向けないでーっ?!」
先ほどの会敵の疲れはどこへやら、三人共その新しい武器に、大いに盛り上がっているようだった。
「しかし……まさか、戦斧が扱えるとは思わなかったな。」
「……へ?」
溜息交じりにそう漏らすと、三人は会話を止め、驚いた顔でこちらを見た。
「何言ってるのだ、ロルフがスゥに合うって見抜いたんじゃないのか?」
「そうですよ。ほら、短剣を見て……」
「ははは、何を言ってるんだ。一度も武器を振るのを見ずに、適性なんて分かるはずないだろう。」
三人が同時に、「ええーっ?!」と驚きの声を上げる。
「てっきり、ロルフさんなら、分かるのかと……」
「普通は無理だけど……ロルフだし……ねえ。」
「むしろ出来なかったことに驚きなのだ。」
「……お前らなあ。」
一体俺は、どういう人間だと思われているんだ。
ロルフは小さく溜息をついて、スゥの持っている、その大きな武器を指差した。
「武器の適性を見るには、まず一番小さい武器と一番大きい武器を振らせて、その動きの差で適性を見るんだ。スゥの場合は、短剣の傷み具合から軽量武器の適性がないことはわかっていたから、ここで見つけた戦斧を振らせてみて、適性を測ろうとしたわけだな。個人的には、長剣か大剣当たりが妥当だと思っていたんだが……」
それを聞いた三人は、ぽかんとして、しばらく言葉を失った。
「え……それじゃ、スゥはサンプルの一番でっかいヤツが、偶然使えたみたいな……?」
「まあ、そういうことになるな。鬼人は種族特性で筋力が優れているとは言え、戦斧が扱える奴は稀だと思うぞ。」
それを聞いて、スゥはへなへなとその場に座り込んだ。
「……き、聞いてなくて、よかったのだ……それ知ってたら、魔物の前に飛び出したりなんて……」
「あ、あはは……結果オーライだね……。」
ロルフはそれを聞いて、ふふ、と小さく笑った。
スゥはそう言っているが、きっとそれは間違いだ。
仲間のために飛び出す勇気を持っているものは、たとえどんな状況だったとしても、どれだけ不利だったとしても、飛び出して行ってしまうものなのだ。
自分の昔のパーティーたちが、そうであったように。
――エトやリーシャが、そうであるように。
「さて……こうなると、スゥにもパーティーで頑張ってもらわないといけなくなったな。」
「えっ。パーティー、なのだ?」
目を丸くするスゥに、深く頷く。
「手負いとは言え、ドレイクを一撃だ。そんな才能を遊ばせておけるほど、うちのギルドの人材に余裕はない。」
ロルフはそう言って、わざとらしく笑った。
スゥの後ろで、エトとリーシャが小さくハイタッチをした。
「やったあ、一緒に頑張ろうね、スゥちゃん!」
「ま、実際助けられちゃってるしね。むしろ、そうじゃなきゃ困るわ。」
「あ……二人とも……。」
スゥはエトとリーシャを交互に見て。
それから、少し恥ずかしそうに、顔を伏せて。
「よ、よろしくなのだ……にゃはは。」
そう言って、照れくさそうに笑った。
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