第20話 エリカの提案

「ええ?! Cランクのクエスト中に、ブラッドグリズリーを討伐した……?!」

「ああ、そうなんだ。俺も正直、驚いたんだけどな。」


 ロルフは机の上に、魔石を一つ差し出した。


 魔物から取り出せる魔石は、ギルド協会の受付で買い取ってもらえる。

 討伐の証である魔石を一定額で買い取ることにより、国自体が『魔物退治』を一つの仕事として成り立たせているのだ。

 またこの買取価格を変動させることで、王都周辺の魔物の数はある程度コントロールされている。

 クエストをこなしつつ、周辺の弱い魔物もついでに狩る、というのが、冒険者の一般的な働き方というわけだ。


 とはいえ、CランクギルドがBランクの魔物をついでに狩る――というのは、少々考えにくい。

 そのため、下手をすると不正を疑われる可能性があるので、買取の前にエリカに相談しにきたというわけだ。


「こいつを鑑定してもらえれば、嘘じゃないことは分かるはずなんだが……」

「何言ってるんですか。ロルフさんに限って、そんな嘘つくとは思えませんよ。だから驚いてるんです。」

「はは、そう言ってくれるとありがたいな。」


 エリカはその魔石を手に取り、軽く光に掲げた。

 Cランクの魔物に比べると、二倍ほどの大きさがある。


「二人でこれを討伐したとなると……あの子たちの実力は、確実にBランク相当ですね。」

「俺もそう思う。ああいうのを、逸材っていうんだろうな。」


 ロルフは目を閉じて、深く頷いた。

 今にも、エトとリーシャの連携が目に浮かぶ。


 俊敏な動きで敵を引きつけ、そのことごとくを回避しながら攻撃する、エト。

 状況把握能力に長け、回復と攻撃を瞬時に切り替えてサポートできる、リーシャ。


 もしあのパーティーに、主戦力……すなわち、瞬間攻撃力の高い近接主力か、継続的な攻撃が可能な遠距離主力が入ったなら――。



 そんなことを考えていたら、エリカが何か思い出したかのように、ふいに顔を上げた。

 そのまま振り返り、背後の書類を探り始める。


「ん、どうかしたのか?」

「たしか、ついさっき……あった。ほら、これです。」


 エリカが差し出してきたのは、Bランククエストの受注書だ。

 その内容は、まさに今回討伐した、ブラッドグリズリーについてのものだった。


「これは……もうクエストが発行されてたのか。」

「ちょうど今日発行されたものなんです。人里にも近いですし、あの辺りはCランクの人たちの狩場にもなっていたので、緊急性が高いと判断されたんですね。」


 たしかに、まさにその通り、自分たちもCランクのクエストをこなしていて遭遇したわけだからな。

 出会ったのが初心者のパーティーでなくてよかったというものだ。


 そう思いながら受注書を眺めていると、エリカはその受注書に達成印を押して、こちらに差し出してきた。


「これは、トワイライトで達成したことにしましょう。ロルフさんのサインがあれば、報酬を受け取れますよ。」

「おいおい、いいのか? そんなこと。」

「クエストの達成を証明できる場合、後追い申請でもこれを許可する。一緒に達成したクエストと場所が一致してますし、その魔石があれば、文句をいう人は居ませんよ。」

「けど、うちはCランクギルドだぞ。」

「ふふ、私とギルドルールの話をする気ですか?」


 エリカはにこりと笑って、ペンを差し出す。

 ロルフはわざとらしく溜息をついて、それを受け取った。


「そいつは分が悪いな。ありがたく、達成させてもらおう。」


 少しずるい気もするが、エリカの言う通り、ルール上は問題ない。

 なにより、エトとリーシャに正当な評価を受けさせてやりたかった。


 受注書に、ギルドマスターの承認印として、サインを書き込む。

 これでこのクエストは、正式に達成となるのだ。



「でも、本当に助かりましたよ。最近Bランククエストの受注率が下がっているので、そのクエストもどうしようか悩んでいて……」


 その言葉で、思わず手が止まる。


「なんだって……?」

「あっ……」


 ロルフが目を向けると、エリカは気まずそうに、口元を手で隠した。


 Aランクギルドは確かに希少だが、Bランクギルドについては、Cランクギルドと同等かそれ以上の数があるはずなのだ。

 加えて、クエストは通年でCランクが最も多く、Bランククエストはせいぜいその半分程度しか発行されない。

 取り合いになることこそあれ、受注されないなんてことは、考えにくい。


 エリカの方をじっと見ていると、彼女は諦めたように口を開いた。


「実は……いくつかのBランクギルドが、Bランククエストを受けなくなったんです。恐らく……ランクの降格を防ぐために。」

「……!」


 ギルドランクは、クエストの達成数と、達成率から決まる。

 つまり、失敗しない限りは、下がることはない。


 だが、Bランクギルドであるにも関わらず、報酬の低いCランククエストばかり受けることにメリットがあるとすれば――ということになる。


「Aランクギルドは依然Aランククエストを受け続けていますから、ちょうど真ん中が不足しているような状況なんです。」

「……そう、か……」


 Bランクギルドに、Bランククエストのノルマなどを課せば、受注率は上がるだろう。

 しかし、それでは今まで以上に強さが重視され、冒険者追放の流れに拍車がかかることは明らかだ。

 Cランクギルドが挑戦するには敷居が高すぎるし、Aランクギルドからすると報酬が低すぎて、やるメリットが薄い。

 かといってランクの裁定を甘くすれば、危険なクエストに無理に挑戦するものが現れ、死者が出るかもしれない。



 額を押さえて、深くため息をつく。

 その様子をみて、エリカも眉をひそめた。


「あまり、気を落とさないでください。……と言っても、無理なんですよね。ロルフさんの場合。」

「はは……手厳しいな。」

「そこで一つ、ロルフさんに提案があるんです。」

「ん……?」

「そのために、まずは――」


 エリカは背後の机からクエストのリストを取り出し、ロルフの前に差し出した。


「トワイライトを、Bランクギルドにしませんか。」

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