第21話 静かな裏切り

「なん……だと……?」


 アドノスは声を震わせながら、今しがた読んだ手紙を握り潰した。


 それはギルド協会からの通達で、『クエスト失敗の違約金を徴収するため、ギルドへの支払いを減らす』といった内容だった。

 一つや二つではない。そこそこの数のクエストが、失敗扱いになっている。


 その拳を、そのままテーブルに叩きつける。

 轟音とともに、木製の天板にはひびが入り、拳からは血が滴った。


「きゃあっ!?」

「あ、アドノス、落ち着いて!」


 駆け寄ってこようとするメディナとローザを、血走った眼で睨みつける。

 二人は小さな悲鳴を上げ、足を止めた。


 ……これが落ち着いていられるか。


 金のことは今はいい。

 問題は、俺はクエストを失敗したなんて報告は、ということだ。


 達成できなかったと報告されたクエストは、全て代わりに達成してやった。

 失敗した奴らには、これでもかというほど問題点を指摘してやった。

 それでもダメな奴らは、ギルドの評判を守るため、追放するしかなかった。


 俺は、努力を怠らなかった。

 できる全てをやった。


 それだけやって、ようやくここ最近は、未達成の報告が来なくなったというのに。



「ギルドマスターの俺に報告せず……ギルド協会に失敗で届けたってのか……。誰だ……どいつだクソがッッ!!」


 もう一度、拳を叩きつける。

 天板の亀裂が広がり、その隙間から覗いた床に、血の雫が弾けた。

 メディナとローザは震えていた。


 握りつぶした書類には、失敗したクエストの一覧も記載されている。

 しかし、どのパーティーが、いつ、どのクエストを受けたのか。アドノスには、全くわからない。


 ギルドマスターの業務の一つに、ギルドに所属するパーティーが、受注書のクエストをクリアできるか判断するというのがある。

 しかしアドノスは、冒険者であれば自分の力量を測るのは当たり前で、受注の際にいちいち他人が確認する必要など無いと思っていた。

 そのため、クエストの承認印はギルドのカウンターに置かれ、誰でも好きに押せるようになっていたのだ。


 もちろん、『自分が達成できるものしか受注するな』と言いつけてあったし、よもや達成できなかったクエストを、そのままギルド協会に持っていく愚か者がいるなど、夢にも思っていなかった。


 ――こんな形で、信頼を裏切られるとは。



「無能のクズ共が……! どいつもこいつも、足を引っ張りやがって……!!」


 有能な者の努力が、無能な者の愚行で、台無しにされる。

 そんなことが、許されていいはずがない。


 絶対に、取り返す。


 アドノスは腹の底から無限に湧き上がる怒りを、飲み込み、無理やりねじ伏せた。

 怒りだけでは解決ができないことを、彼は知っていた。



 今、ギルドが直面している、最大の問題。

 それは、このままではギルド協会の査定を待たずして、ギルドランクを落とされる可能性があるということだ。

 この危機に、正しく向き合わなければならない。


 このギルド、ルーンブレードの、ギルドマスターとして。



「――Sランククエストを、受ける。」


 アドノスは静かに、その言葉を口にした。

 それを聞いたメディナとローザは目を見開き、しばらく固まった。


「……え、Sランク……?」

「な、何を言ってるの? 私たちは、Aランクギルドで……」

「受けられるんだよ。実はな。」


 二人の言葉を遮るように、アドノスは言った。


 一般的に、ギルドランクを上げるためには、そのランクのクエストを達成し続け、一定の回数と達成率を超える必要があるとされている。

 達成率はギルドの全ての功績から算出するため、失敗を帳消しにするには、その数倍のクエストを達成しなければならない。

 これが、ギルドが弱者を追放する最大の理由だ。


 しかし、実はこの方法の他に、もう一つ手っ取り早い方法がある。

 ギルドランクより上位のクエストを、達成してしまうことだ。


「実は、ギルドマスターが申請すれば、一つ上位のランクのクエストを受注できるんだよ。暗黙の了解で伏せられている、ギルドの裏技だ。」


 アドノスはにやりと笑った。


 すなわち、Aランクギルドのギルドマスターである俺には、Sランククエストを受ける権限がある。

 Sランクの実力があるということを、直接示すことができるのだ。


「そんな方法が……あったなんて……」

「で、でもさっ! Sランククエストって、めちゃくちゃ危険なクエストなんだよね……?」

「そ、そうですよ。Aランククエストならほとんど確実に達成できるわけですし、そこまでしなくても……」

「うん、そうだよ、Aランクだって十分すごいし……!」


 二人の反応は、アドノスの想像とは違っていた。

 この話に驚きはするものの、Sランククエストに挑戦できることについては、喜んで賛成すると思ったのだ。


 ――俺が、負けるとでも、思っているのか?


 アドノスの中で、どす黒い感情が渦巻いた。


 その時だった。

 大きな音と共に、蹴破られるようにして、部屋の扉が乱雑に開かれた。


 メディナとローザは驚いて、部屋の入り口に視線を送る。


「だ、誰よ! 急に入ってくるなんて……!」

「ここはギルドマスターの部屋ですよ!?」


 そこには、二人の男が立っていた。


 一人は長槍を抱え、もう一人は大鎌を担いでいる。

 二人とも戦士のようだったが、異様な雰囲気を身に纏っていた。


 メディナもローザも、その妙な威圧感に、思わずたじろいだ。



「……来たようだな。」


 アドノスは、不敵な笑みを顔に浮かべた。


 この俺が、何の考えもなしに、Sランククエストに挑戦すると思うのか。

 今回のことで焦りはしたものの、既に策は練っていたのだ。


 仰々しく、二人の戦士の前に歩み出る。


「歓迎しよう――元、Sランクギルドの冒険者諸君。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る