第18話 パーティー結成①

 パーティーを組む目的について、火力の底上げだと考える冒険者は多いが、それは正解とは言えない。

 最も重要なのは、『弱点をカバーし合える』ということだ。


 例えば、近接職は目の前の敵に集中するため視野が狭く、戦況の把握が難しい。

 一方で、遠距離職は視野を広く持てるが、接近されるとまともに戦えない。


 しかし、この両者がパーティーを組むことで、前衛は目の届かない背後などから襲われるリスクが減り、後衛は接近されるリスクを減らすことができる。

 そしてパーティー間で状況を適切に共有することで、前衛はより確実に敵を抑えられるようになり、後衛はより安全にサポートができるのだ。


 秀でている個所を足すのではなく、欠けている部分を埋める。

 これこそが、常に不安定な環境で戦う冒険者において、最も大切なことなのだ。



「いいわ、エト、離れて!」

「うんっ!」


 エトが避けた瞬間に、リーシャが魔法を叩き込む。

 最後のオオアマガエルが、こんがりと焼きあがった。


「やったね、リーシャちゃん!」

「まぁね。このくらい楽勝よ。」


 二人がハイタッチするのをみて、ロルフは深く頷いた。

 見事な連携だ。


 エトは近接戦闘に関して、『引きつけて回避する』という動きを得意とする。

 その動作は常に高い集中力を必要とするため、他の魔物の乱入など、意識外の出来事への対応がどうしても遅れてしまう。

 ロルフが常にクエストに同行していたのは、そういった危険を外から察知して伝えるためだったが、今回はあえて、戦闘中は一切口を出さなかった。

 後衛であるリーシャが、その役目を果たせるかを試すためだ。


 結果は―—


「うん、すごいな。状況判断が早いし、情報共有も的確だ。よく目が届いてる。」

「そ、それくらい当然よ。私は後衛なんだから……」

「いいや。ただ後衛やってるだけじゃ、これほど細かい指示はできないさ。エトの動きまでしっかりと見ている証拠だ。」

「うんうんっ! リーシャちゃん、すごいよ!」

「う、うう……。」


 褒められ慣れてないのか、リーシャは恥ずかしそうに俯いてしまった。


 これは別におだてているわけではない。

 視野が広いというのと、状況判断ができるというのは、全く別の技術なのだ。

 これほどの能力を持っているということは、おそらく以前のパーティーでも、司令塔の役割をしていたのだろうと推測できる。


 もしくは、よほど目を離せない、危なっかしいパーティーだったか……。


「で、でも、武器のこともあるわ。整備だけで、こんなことになるなんて……」


 リーシャは杖を引き寄せて、まじまじと見た。


 今回リーシャの杖は、出力をそのまま使うのでは無く、発動の時間短縮に利用するように調整してある。

 強力な魔法は決定打になり得るが、味方を巻き込んでしまうリスクがあるため、パーティー向けに方針を変えたのだ。


 結果的にそれが本人の性格にも合っていたらしく、小刻みな魔法攻撃で敵の意識を撹乱し、常にエトの動きやすい環境を作り出していた。


「ははは、その杖を他の奴に渡したって、こうはならない。リーシャの魔力量のなせるわざだな。」

「そっ、それだけじゃ納得いかないわよ! ちょっと使いやすくなりました……ってレベルじゃないんだけど!」

「そうなんですよね……。ロルフさんの整備って、もう整備の域を超えちゃってるというか……」


 ずずいと詰め寄ってくるリーシャの横で、エトがこくこくと頷いている。


 そういわれても、普通に整備しているだけなんだけどな。

 この二人の元ギルドは、よほど武器の整備に無頓着だったらしい。こんな才能の塊を、よくもまぁ錆びつかせていたものだ。


 どう説明したものかと考えていたら、目の前のリーシャの顔色が変わった。


「……っ! エト! ロルフ!」


 突然、リーシャが叫ぶ。

 咄嗟にその視線の先を追うと、川の向こう、林の先に、赤い影が揺らめくのが見えた。


「……!」


 思わず、息を吞む。

 そこにいたのは、巨大な深紅の熊だった。


「な、なにあれ……大きい……!」

「熊……よね。」

「まずいな……。どうして、こんな場所に……」



 通称、赤熊――『ブラッドグリズリー』。


 深紅の毛皮と巨大な爪を持つ、巨大な熊型の魔物。

 性格は凶暴で、目に入ったものを見境なく襲い、捕食する。


 通常は森の深部に生息していて、こんな川辺にまで出てくることは無いのだが、あまり頭のいい魔物ではないため、迷って森から出てきてしまったのかもしれない。


 その単体討伐ランクは、Bだ。



「エト……、リーシャ……。」


 ロルフは、視線を魔物に合わせたまま、二人に声をかけた。


 当然Cランクパーティーで出くわした場合、即時撤退すべき相手だ。

 幸い、この魔物はそこまで足が速くないし、距離もある。

 今回のクエストの戦利品を諦めれば、逃げることはできるだろう。


 だが――。


「……


 二人は、緊張した表情ながらも、笑って頷いた。

 リーシャが勢い良く杖を構え、魔物のほうを指す。


「聞かれるまでも無いわ。せっかくクエスト達成したんだもの。あんな熊にやるもんですか。」


 エトはリーシャの顔をちらりと見て、一歩踏み出した。

 その両手には、しっかりと双剣が握られている。


「あはは……怖くないって言うと、嘘になりますけど……。不思議と、大丈夫って、思っちゃいますよね。」


 その二人の言葉に、ロルフは静かに頷いた。


 この二人なら、やれる。

 そう思わずにいられないほど―—このパーティーは、可能性に満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る