第17話 竜人の魔導士④

 魔法を使うのが得意だった。

 魔法を使うのが好きだった。


 だから、魔導士になった。


 最初のころは、うまくいっていたと思う。

 私の魔法は、攻撃も回復も、とても強力だと評判だった。

 パーティーの評判もうなぎ上りで、ギルド最強なんて言われてたこともある。


 でも、ある日。

 パーティーのリーダーが、目の前で大怪我を負った。


 回復魔法は、本人の生命力を一時的に引き上げることで傷を治す魔法だ。

 致命的な負傷の場合、その生命力自体が大きく下がるため、傷がふさがるまでに長い時間がかかってしまう。

 私は焦って、少しでも早く治そうと、全力を込めた。


 そしたら、杖から火花が散って。

 青白い光がはじけて、杖を手から弾き飛ばした。


 それから先のことは、とにかく必死で、よく覚えていない。

 他の仲間は散り散りに逃げ、私はパニックになりながらもリーダーの体を引きずり、命からがらその場を離脱した。

 彼はその後の治療で一命を取り留めたが、目が覚めた後、クエストの撤退について酷く責め立てられた。今まで見たことのないような形相だった。


 私は、何の反論もできなかった。

 自分のせいで撤退することになったというのは、紛れもない事実なのだから。



「お前はクビだ。すまんな、リーシャ。」

「そ、そんな……! どうしてっ!」

「自分でもわかってるんじゃないか? お前のパーティーは、ここ最近クエストを達成できていない。その理由は、全てお前だと聞いている。」

「え……っ?」

「俺もこんなことはしたくは無いが、せっかくBランクギルドになったんだ。これ以上評判を落とすわけにはいかないんだよ。……わかってくれ。」


 ギルドマスターに呼び出されたのは、それから数日後の事だった。

 最初は、何かの間違いだと思った。


 私は、リーダーから、休養のためにしばらく活動を休止すると聞かされていたのだ。

 クエストに行っていたなんて、知りもしなかった。


 嘘を暴こうとか、誰かを問いただそうとか、そういったことは一つも考えられなかった。

 自分が置き去りにされていたという現実が、その失敗を自分のせいにされていたという事実が、リーシャの心をゆっくりと押し潰していった。


 あの日以来、私は魔法をうまく使えなくなった。



+++



 目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。

 そうだ、昨日はあのまま、エトの部屋に泊めてもらったんだっけ。


 ゆっくりと上体を起こし、伸びをする。

 あれ以来、毎日あの時のことを夢に見る。そのせいで、寝起きはいつも憂鬱だった。


「むにゃ……リーシャちゃん……?」

「あ。ごめん、起こしちゃった?」


 隣にいたエトが、眠そうに上半身を起こす。

 彼女には昨日、いろいろなことを話した。


 ギルドを追放されたこと、魔法がうまく使えない時があること、あの日は別のパーティーに雇われで参加していて、そこでもやっぱり失敗してしまったこと。


 ほとんど会ったばかりの相手に、どうしてここまで話してしまったのか、自分でもよくわからなかったが、エトはずっと黙って聞いてくれていた。


『リーシャちゃんも、このギルドに入らない……?』


 エトは最後に、そう聞いてくれた。

 でも、私はそれに、返事ができなかった。


 その理由は、きっとエトもわかっていたのだと思う。

 それでその時は二人とも、無言になってしまった。



 二人で身支度をしていると、コンコン、とノックの音が部屋に響いた。


「エト、リーシャ、起きてるか?」

「あ、ロルフさん。はーい。」

「ちょっと、外に来てくれないか。リーシャも一緒に。」


 リーシャとエトは、顔を見合わせて、首を傾げた。



 二人が外に出ると、ロルフが自分の杖を持って待っていた。

 昨日寝る前に、なぜか杖を見せてほしいと頼まれたので、渡していたのだ。


「リーシャ、この杖で魔法を撃ってみてくれないか?」

「え。いいけど……。」


 受け取った杖を見ると、なんだか渡したときよりも、ずいぶんきれいになっている気がする。

 それに、振った感じが少し軽い。


「ふう……『ファイアボルト』!」


 杖をやや斜め上に掲げ、魔力を込める。

 いつものように、杖の先には炎の玉が生み出され、いつもの大きさになり――


「……え?」


 その炎の玉はさらに膨らみ、膨らみに膨らみ、ついには通常の四倍ほどの大きさになった。


「ちょ、な、何ですかあれ、ロルフさんっ?!」

「あー……うん、すまん、俺もこれはちょっと予想外だったな……」

「な、なによそれ! どうすんのよこれ?!」


 リーシャが無理やり杖を引き起こすと、その炎の塊は千切れるように空に飛んでいった。

 そしてしばらく進んだのち、上空ではじけた。


 三人とも、しばらくその様子を、呆然と見ていた。



「あー……説明をしよう。」


 ロルフはこほん、と小さく咳払いして、持っていた杖を指刺した。


「リーシャの杖は、人間用の調整がされていたんだ。」

「人間用……?」

「あまり知られてないんだが……杖には、誤った魔法で魔力が暴走するのを止める仕組みがある。魔力が一定量を超えると、魔法を緊急停止するんだ。その閾値が、人間ベースで調整されてたってことだな。」

「ん、ええ……?」

「まあ、しかし俺も驚いている。確かに竜人は魔力保持量が人間より多いが、出力自体は大差ないことが多いし、人間用の杖でも普通は問題無い。だが、整備士が一目見れば気づくことだし、ギルドの中に竜人の特性を分かっているやつが居れば――」

「ろ、ロルフさん、なんか脱線してる気が……!」


 エトの指摘に、ロルフははっとして、改めてこちらに向き直った。


「とにかく、今までは杖の調整が悪かっただけだ。力加減は必要だが、それでもう魔法が暴発することはないと思うぞ。」

「……!」


 その言葉を聞いて、リーシャはゆっくりと、自分の杖に目を落とした。

 まるで、時が止まったかのように、静かだった。


 私はあの時、全てに裏切られたように思った。


 でも、違った。

 私の魔法は――私の想いに、ただ応えようとしていたのだ。



「どうだ、リーシャ。その杖なら、元のギルドに戻ることもできると思うが?」

「……あんなギルド、もう未練なんてないわ。」


 それは、たぶん、昨日までは言えなかった言葉だった。


「リーシャちゃん……あの……。」

「だ、だからっ!」


 エトの言葉を手で止めて、リーシャはロルフを、伏し目がちに見つめた。


「どこか、人を募集してるギルド……知らないかしら……」



 この日から、あの夢を見ることは、すっかりなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る