第16話 竜人の魔導士③
通常、ギルドハウスに調理場は無い。
メンバーの意向で酒類だけ置いてあったり、酒場が併設されている場合もあるが、
基本的にはギルド業務に必要ないためだ。
その点で言うと、トワイライトは元がロルフの家なので、例外的に調理場がある。
しかし――よくある調理場かというと、そうでもない。
「ちょっとエト! こっちの鍋吹いてるわよ!」
「ああっ、リーシャちゃん、火を止めて!」
「キューイ!」
「だあっ、こらシロいの! こっち入ってくんな!」
まさにその場所で、エトとリーシャは奮闘していた。
これだけ見ると料理が苦手か、調理場が使いにくいかのように見えるが、実はどちらも違う。
この調理場は何故かレストランの厨房並みに広く、調理器具も妙に充実している。
さらにロルフの趣味―—というか職業病で、使ってないのに無駄に器具の整備が行き届いているのだ。
そこそこ料理好きな二人は、この『なんでもできる理想のキッチン』を見てテンションが上がってしまい、なんでもやりすぎた結果、この現状に至る。
「あーっ! リーシャちゃん、焦げてる焦げてる!」
「わ、わかってるわよっ! エト、そっち持って!」
ああ、忙しい。
忙しいけど――楽しいなぁ。
エトは、気づけば笑顔になっていた。
誰かのために料理を作るなんて、いつぶりかな。
誰かと一緒に料理をするのだって、いつぶりだろう。
リーシャの方を横目で見る。
汗の滴る横顔が楽しそうに見えるのは、きっと気のせいじゃない。
「最後、一気に行くわよ。」
「うんっ、任せて!」
二人は、笑顔でハイタッチした。
そうして、一時間後――。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな……。」
机の上に並んだはみ出さんばかりのご馳走を見て、エトは両手で顔を覆った。
リーシャもなんとなくやりすぎた感覚があるのか、恐る恐るエトに問いかけた。
「……そういえば聞いてなかったけど、何人来るのよ……?」
「えーっと……その……。」
エトはそろそろと、人差し指を立てた。
「ひ、一人?! こんなに一人に作ったの?!」
「えっと……こんなに作るつもりは、無かったというか……。」
「あ、アンタねぇ、それを先に言いなさいよ! 十人くらい来るのかと思ったじゃない!」
「うう、ごめんなさ――」
そう言いかけたエトの口に、リーシャが指を突きつけた。
「敬語。……使わないでって言ったでしょ。何度も言わせないでよね。」
「……うん、ごめんね。」
そういうと彼女はすぐに、恥ずかしそうに目を逸らした。
料理を始めてすぐに、リーシャは敬語禁止を言い渡してきた。
本人曰く『まどろっこしくて非効率的だから』らしいけれど、個人的には、もっと他の意味もあると思う。
エトはリーシャの近くまで歩み寄ると、隣に座った。
「ねぇ、聞いていい?」
「……何よ。」
「リーシャちゃんは……なんであの時、一人でいたの……?」
「……」
リーシャは一度何かを言いかけて、何も言わずに口を閉じた。
エトは、何も言わずに、ただリーシャを待った。
しばらくして、彼女は浅くため息をついて、再び口を開いた。
「面白い話じゃ、ないわよ……」
「……うん。」
リーシャは、ぽつりぽつりと喋りだした。
+++
「こ、これは……どういう状況だ……?」
帰ってきたロルフの目の前には、理解しがたい光景が広がっていた。
机の上には山ほどのおいしそうな料理。
しかし、その傍らには、ものすごく暗い表情で座り込む二人。
そのうちの一人は、どうやら森で出会ったあの竜人のようだが、それが分かったところで答えにはならない。
頼むから誰か説明してくれ。
どう反応をするのが正解なんだ、これは。
「あ……。ロルフさん、おかえりなさい……。」
こちらに気づいたエトが、弱々しく答える。
隣に座っていた少女が、一瞬こちらに目をやって、すくっと立ち上がった。
「そ、それじゃあ私は帰るから。お邪魔しました……」
「え……っ、待ってよ、リーシャちゃん!」
エトがその少女……リーシャと言ったか、の服を掴み、引き止める。
リーシャの方はその手を払うでも、戻るでも無く、無言になってしまった。
エトのほうも、それ以上、何も言わない。
……なんだこれは。
ものすごく……気まずいぞ……。
ロルフの頬に汗が伝う。
長くギルドに関わってきたが、こんなに対処法の分からない状況は初めてだ。
「よ、よし分かった! 一旦飯にしよう!!」
ロルフは手を叩いて、料理が並ぶテーブルに着いた。
エトとリーシャは、はっとしてロルフのほうを見た。
「これ、エトたちが作ったんだよな?」
「は、はい、リーシャちゃんと作ったんです!」
「わ、私は、ちょっと手伝っただけで……。」
「すごいじゃないか、こんなの店でもなかなか見ないぞ!」
とりあえず普通に話せて、ほっと胸をなでおろす。
とはいえこの感想にも、一切の嘘はない。
しかし、不思議なのはこの量だ。
「ただ……どうして、こんなに作ったんだ?」
「そ、それは……その……。」
気まずそうに目を逸らすエトに対して、リーシャがやれやれと肩をすくめた。
「エトが何人用か言わなかったのよ。それなのにじゃんじゃん作るんだもの。」
「む、むう……。でも、メニューを勝手に増やしたのは、リーシャちゃんだったよね?」
「うっ……それはだって、食材もいっぱいあったし……。大体、エトが全部いいねいいねって言うから!」
「だ、だって! 一緒に作るの……楽しかったし……」
「そ、それは私も……そうだけど……」
そのやり取りを見て、ロルフは思わず微笑んだ。
なんだ、ずいぶん仲がよさそうじゃないか。
喧嘩でもしたのかと思ったが、そんな心配はいらなそうだ。
「まあとにかく、今日はみんなで食べようじゃないか。リーシャも、まさかこんな量を二人に食べさせる気じゃないだろう?」
「う……。それを言われると……。」
「キューーイー!!」
そのタイミングで、忘れるなと言わんばかりに、扉の隙間からシロが飛び込んできた。
すぐにエトが抱きとめる。
「ふふ、シロちゃんのご飯も、ちゃんとあるよ。」
「キュキューイ!」
「はぁ、そんなちっこいのに、食欲だけは旺盛なんだから。」
「お~い、こっちも食べるぞ! 冷えたらもったいないからな。」
「はぁいっ!」
「あ、待ちなさいよ、まだ飲み物が――」
その日の夕食は、とても賑やかなものになったのだった。
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