第15話 竜人の魔導士②

 ロルフはギルド協会の掲示板の前で、ひとり考え込んでいた。

 今回のクエストは、怪我が治ったことで、無事にその日のうちに達成することができた。

 しかし、やはりギルドとして、いつまでもメンバーが一人というわけには行かない。そのことを再認識したのだ。


 目の前の掲示板を見上げる。


 この巨大な板は『募集板』と呼ばれており、ギルドメンバー募集の張り紙が、所狭しと貼り付けられていた。

 それぞれデザインは異なるが、ギルドランクや募集要項、拠点であるギルドハウスの位置などが書かれている。


 ギルドに入りたい冒険者はまずここへ来て、どんな募集があるのかを確認する。

 つまりギルド側からすれば、ここに募集を張っておき、あとはギルドハウスで待っていればいいのだ。


 では『トワイライト』も、募集を張りだせばよいのか。


 ……残念ながら、そうではない。



「やっぱり、Cランクギルドの募集は無い、か……。」


 ロルフは掲示板の端に転がっている、くしゃくしゃに丸められた紙玉に目を落とした。

 先に断言しておくが、Cランクのギルドが募集をしていないなんてことは、まず無い。


 なぜなら、ギルドランク制が導入されてから、『活躍した冒険者はよりランクの高いギルドに移籍する』という風潮ができてしまったからだ。

 最低ランクであるCランクギルドは人が抜けていくばかりで、常に人材不足といっても過言ではない。


 にも関わらず、何故募集がないのか?


 それは、貼ってもすぐにはがされてしまうからだ。


 この掲示板での位置はギルドの序列であると言われており、他ギルドのメンバーが『ここはうちよりも弱い』と判断すると、勝手に位置を入れ替えてしまう。

 そして――耳を疑いたくなるような話だが――Cランクの募集は、はがして捨てても良いと言われてしまっている。


 かくして募集板はBランクとAランクばかりになり、新米冒険者ではとても応募できないような条件で埋まってしまっているのだ。


 本末転倒もいいところである。



「……仕方ない、他の方法を探すか。」


 ここでは目的は果たせそうにない。

 ロルフは、溜息とともに、その場を離れた。


 その際、入れ違いで入ってきた冒険者たちの話し声が耳に入った。


「いや~、しかしお前も酷いね~。ちゃんと働けたらギルドに入れてやる、なんて。最初からタダ働きさせるつもりだったんだろ?」

「人聞きが悪いな。有能なら、ギルドに紹介してやろうとは思ってたぜ? まぁ、一度追放されたヤツを取るかは知らないけどな。」


 二人の馬鹿笑いを聞いて、思わず眉間にしわが寄る。


 やれやれ、今のギルドというのは、どこもかしこもこんななのか。

 新米冒険者が苦労する様子がありありと目に浮かび、頭が痛くなる。

 エトを先に帰らせたのは正解だったな。


 ロルフもすぐにその場を立ち去ろうとしたのだが、その次の言葉に、思わず足を止めた。


「しかし、あれは傑作だったな。まさかヒールで杖が爆発するとはな!」

「ああ、竜人の癖に、どうしたらあんなに魔法が下手になんのかね?」


 ……なんだって?


 ロルフの脳裏には、あのすすけた杖が浮かんでいた。



+++



「えーと、お肉と、野菜と……。これで、よしっ!」


 エトは食材の入った紙袋を抱えて、ギルドハウスに向かって歩き出した。


 現在、エトはギルドハウスに住ませてもらっている。

 家賃を払うことも申し出たのだが、ロルフは『古い家だし別にいい』と言って聞かなかったため、ほぼ居候のような状態だ。

 それでは申し訳が立たないということで、エトは昨日、掃除や料理をすることを提案してみた。


 そして今日、ロルフはギルド協会に用があるとのことなので、今のうちに料理を作って、帰ってきたロルフを驚かせようと思っているのだ。



「ふふ、ロルフさん、喜んでくれるかな。」


 そうして鼻歌交じりに歩いていたところ、ふと道の先のほうに、不思議な光景が目に入った。

 一人の少女が、建物の陰から、酒場のほうを覗いている。

 視線の先を追うと、どうやらテラス席のテーブルに置かれた、大きな肉料理を凝視しているらしい。


 その後ろ姿にある程度近づいたとき、エトはその人物に見覚えがあることに気づいた。


「あーっ! あの時の!」

「ひゃっ?!」


 エトが叫ぶと、その女性は驚いて飛び上がり、跳ねるように振り向いた。

 青い長髪が風に舞う。


「お、脅かさないでよっ!」

「あっ、ご、ごめんなさい! つい……」


 すらっとした体形、紺色の瞳、耳の後ろから真っすぐに伸びた、黒い角。

 間違いない、足の怪我を治してくれた、あの竜人の女性だ。


 彼女もまたエトのほうを見て、はっと気づいたような顔をした。


「あ……。あんた、あの森にいた……」

「覚えてくれてたんですね! あの時は、本当に――」


 その時、ぐうう、という音が、二人の間に響いた。


 エトは思わず言葉を止め、視線を少し下げた。

 彼女の顔が、みるみる赤くなっていく。


「……もしかして、お腹が空いているんですか?」

「ち、違うわよっ! い、いまのはただ……ただ……」


 なんとか否定しようとするも、言葉が出てこないようだ。

 わたわたとしながら、目を泳がせている。


 その様子を見て、エトは意を決し、ぐいと顔を近づけた。


「あ、あのっ、良かったら、私の料理、食べてくれませんか?!」

「えっ、ええ?! だ、だから、私は別に……」

「そのっ、料理には、あまり自信がなくて……ぜひ、味見をしてほしいんですっ!」

「あ、味見……?」

「はいっ! 味見です!」


 料理に自信がないというのも少しは事実だが、もちろん本当は傷を治してくれた恩返しをしたい。

 とはいえ、こういうタイプの人は『お礼がしたい』と言っても、聞き入れてくれないものだ。


「そ、そこまで言うなら……手伝ってもいいけど……」

「わあ、ありがとうございますっ。」


 勢いに負け、彼女は折れるように、小声で答えた。

 エトは満面の笑みでそれに返した。


「私、エトって言います。よろしくお願いしますね。」

「……リーシャよ。半分貸しなさい、エト。」

「あ……っ。えへへ、ありがとうございます。リーシャさん。」


 二人は荷物を半分こして、ギルドハウスへの道を歩き始めた。

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