第14話 竜人の魔導士①
Cランククエスト――『はぐれオオサソリバチの討伐』。
オオサソリバチとは、その名の通りサソリのような尾を持つ大きなハチだ。
森の深くに巣を作り、群れで暮らす昆虫型の魔物なのだが、それが今回人里近くに巣を作ってしまったため、討伐依頼が出たのだ。
もっとも今回、Aランクの『巣の破壊及び女王バチの討伐』は既に終わっている。
その討伐の際に逃げ延び、巣を失ってさまよっている個体を狩るのが、今回の目的だ。
それらは『はぐれバチ』と呼ばれており、生殖能力が無いため放っておいても勝手に死ぬのだが、安全のためには倒せるだけ倒したほうがいい。
しかし遠距離攻撃の的にするにはやや小さく、素早いうえに飛び回っているので、単体討伐に適した職業が無いため、人気の低いクエストとなっている。
そこが、今回の狙い目というわけだ。
「せえーいっ!」
エトは空中で一回転し、速度を乗せた二つの刃で魔物の羽を切り裂いた。
飛行能力を失ったハチは、そのまま地面に落下する。
「よし、いいぞ! 地面に落ちたオオサソリバチは動きが鈍い。焦らず確実にいけ!」
「はいっ!」
エトは少し距離を取り、ステップで様子を見る。
ハチはしばらく攻撃の機会を伺っていたが、小さくジャンプして逆を向くと、地面を走って逃走し始めた。
「そこ……っ!」
エトはその背後に飛び掛かり、頭と体の間に刃を突き刺した。
ハチは反り返って痙攣したあと、崩れるように倒れた。
「やりましたぁ! ロルフさんっ!」
「ああ、すごいぞエト。普通は多少燃費が悪くても、範囲魔法で倒す敵だからな。」
「えへへ、ロルフさんの指示のおかげです。それに……」
エトは双剣を構えて、くるっと舞った。
「 この武器の調整……今回もすっごく戦いやすいです!」
今回は羽虫を討伐するため、双剣に気配の遮断と命中率の上昇を付与してある。
そもそもエトは隠密行動が得意なため、相乗効果で近距離からの不意打ちが可能になり、優位に戦闘を進められるのだ。
「はは、それは良かった。けど、俺はあくまでサポートしただけだ。倒したのは、エトの力だぞ。」
「そ、そんなこと……。えへへ……。」
エトは恥ずかしそうにうつむいた。
うん、以前よりは、少しは自信がついてきたかな。
「ええと、残り二匹もこの調子で、頑張ります!」
「ああ、その意気――」
その時、倒れたオサソリバチの足が、ピクリと動いた。
「――エトっ!」
「え……きゃぁっ!」
その足は、斬りつけるように弧を描いて、エトに襲い掛かった。
エトの手を引っ張り、なんとかその場所から引き離す。
それを最後に、魔物はピクリともしなくなった。
最後の力を振り絞って、完全に息絶えたようだ。
「……いた……っ。」
見ると、エトの足に切り傷ができ、血が滲んでいた。
「すまん、油断したな……。一度街まで戻って、治療を受けよう。」
「で、でも、まだクエストが……。」
「エトの最大の強みは機動力だ。足に怪我がある状態で、戦いに挑むべきじゃない。クエストにはまだ期間があるし、残りは明日でも大丈夫だ。」
「……はい……。」
エトはしゅん、と肩を落とした。
ロルフは応急処置のため、手際よく治療道具を取り出した。
あえて言いはしないが、通常なら、この程度の傷で撤退することはない。
今回それができないのは、エトがパーティーではなく、一人で戦っているからだ。
クエストを遂行する上で、常に頭に置いておくべき事柄の一つに、『撤退の方法』がある。
魔物が見つからなかった、などの理由で無傷で撤退することもなくはないが、撤退の理由のほとんどは、冒険者の負傷だ。
この際、二人以上いるならば、負傷していないメンバーが敵を引き付けることで、逃げる時間を稼げる。三人以上なら尚のこと、確実に逃げられるだろう。
しかしこれが一人だけの場合、戦闘続行が困難なほどの負傷を受けた際、同時に撤退方法も失ってしまうケースが多い。
足が折れた場合や、麻痺毒を受けた場合をなどを考えると、わかりやすいだろう。
そうなった冒険者には、死が待つのみだ。
つまり、今のところエトは、戦闘が困難になる遥か手前で撤退せねばならない。
このことは、ギルドマスターとしても、何とかしたい問題ではあるのだが……。
「……『ヒール』。」
「!」
エトの傷口が青白く光り、見る見るうちに塞がっていく。
回復魔法だ。
二人が振り向くと、少し離れた場所に、杖を構えた青い髪の少女が立っていた。
その耳の後ろから後方にかけて、一対の角が生えているのが目に留まる。
この辺りでは珍しい、『竜人』の特徴だ。
「あ、ありがとうございます……っ!」
エトが立ち上がってお礼を言うと、竜人の少女は杖を下ろした。
そしてすぐに向こうを向いてしまった。
「……気をつけなさいよね。」
それだけ言うと、少女は去って行った。
ロルフはその後ろ姿を見ながら、首をかしげた。
竜人の魔導士というのは、決して珍しくはない。
この種族は生まれつき魔力が高く、魔法に高い適性があるためだ。
しかし、いくら適性があろうと、魔導士が単体で戦うことは難しい。魔法は予備動作が大きく、接近されると対応ができないためだ。
この森に一人でいるというのは、少し違和感がある。
それに――
「……ロルフさん、今の人……」
「ああ。少し、気になるな……」
その手に持つ杖が、すすけていたのだ。
良く勘違いされているが、魔法は杖を媒介に魔力を現象に変換しているのであって、実際に杖から火やら水やらを出しているわけではない。
だから通常、杖が焦げたり濡れたりすることは無いのだ。
そうでなければ、木の杖で炎の魔法など使えない。
するとなるとあの杖は、うっかり何かの火に当ててしまったか、あるいは――
「はい、泣いて……ましたよね。何かあったんでしょうか……」
「……あー……」
それは、気づかなかったな……。
ロルフは少女が去って行った方角に、もう一度目を向けた。
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