第13話 尻拭い②

「アドノス、今です!」

「ハァッ!!」


 巨大なトカゲの顔に矢が突き刺さり、大きく怯む。

 その隙を逃さず、アドノスは懐に飛び込むと、剣の一振りで胴体を切り裂いた。


「やったぁ! さすがアドノス!」

「お見事です。」


 メディナとローザが駆け寄ってくる。


 アドノスは剣を地面に突き立て、呼吸を整えた。

 汗で張り付いた服が、不快感を感じさせる。


「……あたりまえだ。この程度、どうってことない。」

「えー、そんなことないよ。今週に入って、もうAランク三件達成だよ~!」

「ええ、まさに信じられない強さですわ。」


 ――そう、俺は、強い。


 Aランククエストだって、この通り、余裕でこなせる。

 しかし……何か、違和感がある。


 アドノスは目の前で、右手を開いたり閉じたりした。

 その指先は微かに震えている。



 あの後――Bランククエストで、ヨロイムカデを討伐した時。

 アドノスたちは、偶然通りかかった村人に救助され、事なきを得た。


 あの時は、油断していたと言わざるを得ない。

 通常であれば、Bランクの敵に後れを取るはずがないのだ。


 ただ、あの毒を受けてから……どうにも調子が悪い。

 解毒はしてもらったはずなのだが、それでも体の動きが以前より鈍い気がする。

 今の敵だって、もっと簡単に倒せたはずだし、こんなに疲れることもなかった。


「あ……っ、アドノス、顔に怪我してるよ。」

「……!」


 手で頬を拭うと、べったりと血が付いた。

 思ったよりも深い。


「ちょっとまって、魔法で治すから。でも珍しいね、顔なんか切ったこと無かったのに。」


 負傷の数も、以前より増えたように思う。

 魔物が強くなっているのだろうか。


 それとも――。



 浮かんだ疑念を、頭を振ってかき消す。

 実際、俺は勝ち続けている。

 何も問題は無い。


 その様子をみて、メディナとローザは顔を見合わせた。


「アドノスも疲れてるんですよ。今日はこの辺りで引き上げましょう?」

「うんうん。私たちもけっこう疲れたし。」


「……疲れた?」


 腹の底で、どす黒い何かが脈打つ。


 ――お前らは、ほとんど何もしてないだろう?



 楽しそうに話しているメディナとローザが、少し遠く見える。


 今回の敵もそうだが、最近の戦いにおいて、魔物のダメージの九割は剣だった。

 弓も魔法も、邪魔にこそなっていないが、ほとんど役に立っていない。

 ほとんど一人で戦っているようなものだ。


 ……いいや。


 それだけではない。

 いつも、いつでもそうだった。



『アドノス、お前は先行しすぎだ!!』

『あぁ? 俺が一番強いんだから、前に出るのは当たり前だろうが。』


 前のギルドでBランクパーティーにいた頃、リーダーはことあるごとに俺に突っかかって来た。

 人員の配置はギルドが決めたもので、俺がリーダーでないことも納得いかなかったが、このパーティーはとにかく全員が弱かった。


『強い弱いの問題じゃない。それだと連携できないし、サポートだってできない。パーティーとして戦えないんだよ!』

『はぁ……? 意味が分かんねぇな。俺に、お前らに合わせて手加減しろって言うのか?』

『違う、お前の考え無しな戦い方が、みんなを危険に晒してると言っているんだ!!』


 そいつはヒーラーで、一人ではまともに戦うこともできない奴だった。

 だから、一人でも敵を倒せる俺を妬んでいたのだろう。


 いつもなら聞き流すが、その時は虫の居所が悪かった。

 気づけば、俺はリーダーを殴り飛ばしていた。


『ふざけんなよ。俺が敵を倒さなきゃ、一番危険になるのはお前らだろうが。誰のおかげでクエストが達成できてると思ってんだ、ああ?!』


 他のメンバーが、リーダーに駆け寄り、口々に何かを言ってきたが、耳には入らなかった。

 やり返してくるかと思ったが、そいつはただ悲しそうな目でこっちを見て、一言だけ呟いた。


『アドノス……、お前は……哀れだな……。』



 俺は、パーティーを抜けた。

 ギルドを抜けた。


 これ以上は耐えられなかった。

 無能な人間は無能らしく、有能な人間に従うべきなのだ。

 それすらできないのであれば、せいぜい無能同士で馴れ合っているといい。


 強者の足を、引っ張るな。



「ねぇ、この後酒場に寄っていこうよー!」

「いいですね、それじゃ、この前行った……」

「俺は、ギルドに戻る。」


 アドノスは、メディナとローザに、冷たく言い放った。

 そのままくるりと背を向ける。


「……え? そ、そう?」

「で、でもアドノス……」



 二人の会話を聞かずに、アドノスは歩き出した。


 そうだ。

 俺は、こんな位置に甘んじていてはならない。


 自分の強さを、証明するために。

 自分の正しさを、知らしめるために。



 アドノスは、血が滲むほどに、剣を握りしめた。


 それには――もっと強いパーティーメンバーが、必要だ。

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