第12話 尻拭い①
「クエストに失敗しただぁ……?」
アドノスはギルドマスターの椅子に座ったまま、受注書を机に叩きつけた。
「ち、違う。達成できなかったと言ったんだ。ちょっと、武器の相性が悪くて――」
「同じだろうがよォ!!」
机を蹴りつけた音が、部屋中に響き渡った。
「Bランクのクエストだぞ? ふざけてんのか?!」
「だから話を聞いてくれ! 専用の武器さえあれば勝てるんだよ!! お前らが、特殊な武器を全部売り払っちまったから――」
その言葉を聞いた次の瞬間、アドノスは机に乗り上げ、相手の首元に剣を突きつけていた。
「テメェの実力を武器のせいにするんじゃねぇよ。……殺すぞ?」
「……う、あぐ……。」
首元の剣がめり込み、血が滲んだ。
「報告は受けてやる……。とっとと消えろ。」
「……っ。」
剣を引くと、男はそそくさと部屋を出て行った。
あんなのが俺と同じAランクパーティーだなんて、どうかしている。
「ちょっと可愛そうなんじゃないの~、アドノス。」
「Aランクといっても、彼らはBランクよりのパーティー。しょうがないんじゃありませんか?」
離れて様子を見ていた、メディナとローザがすり寄ってくる。
……まぁ確かに、頭に血が上っていたかも知れない。
ふうと息を吐いて、倒れるように椅子に腰かける。
「失敗するのはいい。だが……奴らは謝罪するどころか、無様に言い訳して逆ギレしてきたんだぞ。」
「ぷふっ、まぁそれは私も思ったけどね。トクベツなブキがあれば勝てる……なんて。」
蹴った勢いで地面に落ちた受注書を、ローザが拾い上げる。
「それで、どうします? 誰か他のパーティーに依頼しますか?」
そう、奴らはこのクエストを達成していない。
このまま放置したり、受注失敗で協会に届けると、ギルドが違約金を払う羽目になるし、何よりギルドの評価が下がる。
だから、クエストを達成できなかった場合は、協会に届けるのではなくギルドに持ち帰り、他のパーティーを当てるなどしてギルド内で解決するのが通例だ。
アドノスはその受注書を、ひったくるように受け取った。
Bランククエスト――『ヨロイムカデ』の討伐。
「ハッ、依頼なんか必要ない。俺は整備士じゃないんだからな。行くぞ、メディナ、ローザ。」
「はいはーい。」
「ふふ、承知しましたわ。」
気に食わないが、まあ、仕方がない。
ギルドメンバーの尻拭いをするのも、ギルドマスターの務めだ。
+++
アドノスたちは、村はずれの炭鉱跡にやって来た。
依頼の内容を見るに、この使われていない洞穴にヨロイムカデが住みついてしまい、近くを通る村人を襲うのだと言う。
このヨロイムカデという魔物は、かなり前に、一度討伐したことがある。
しかも、二匹同時に、だ。
おまけにあの時は、ロルフの奴にやたらと重くて切れ味の悪い剣を持たされ、立ち回りに苦労したものだ。
もっとも、俺はそんな嫌がらせをも乗り越え、見事討伐を果たした。
今回は切れ味の良い使い慣れた剣に、相手も一匹。
負ける要素が見当たらない。
「軽く倒して、近くの村で酒でも飲むとするか。」
「さんせー♪ アドノスの奢りね。」
「ふふ、早く終わりすぎて、飲みすぎないかが心配ですね。」
雑談交じりに横穴を進んでいくと、曲がり角の向こうに、大きな鉄の板のようなものが見えた。
すると次の瞬間にはすさまじい速さでスライドしだし、あっという間に巨大な赤い頭と、オレンジの何対もの足が、目の前に躍り出た。
「早速お出ましだな。」
「うへぇ、気持ち悪ぅ。」
「さっさと片付けちゃいましょう。」
三人とも、武器を前に構える。
まず動いたのはアドノスだった。
真正面に駆け出て、剣を振り下ろす。
それだけといえばそれだけだが、その速度と動きの切れは常人の域を逸しており、まるで稲妻が走ったかのようだった。
この一撃必殺の剣はアドノスの得意技で、実際これだけでクエストが終わってしまうことも少なくない。
今回も、これで終わりだ。
そう、確信した。
「ぐ……っ?!」
その剣撃は、魔物の外殻に――完全に、弾かれた。
衝撃が腕に伝い、腕に折れるほどの激痛が走る。
「えっ?! あ、アドノス?!」
「……っ、メディナ、回復を!」
ローザが弓を放つが、そのことごとくが外殻に弾かれていく。
メディナの魔法でアドノスはどうにか立ち上がり、今度は横なぎに斬りかかったが、これも全く刃が通らない。
更に一撃、二撃、角度や位置を変えて攻撃を浴びせるが、傷一つ付かない。
「ど、どうして……クソッ! メディナ、攻撃魔法だ!!」
「う、うん!」
メディナが詠唱すると、炎の球が杖の前に現れ、魔物に向かって放たれた。
――が、次の瞬間。
「えっ?!」
外殻に当たった火の玉は、そのまま反射し、炭鉱の天井に衝突した。
天井の一部が崩れ、まるで地震のように揺れが走る。
「な、何してるのメディナ!」
「ち、ちがう、私はちゃんとアイツに……!」
そんな岩の一つが、アドノスの足に激突した。
「ぐ、ぐあぁっ!!」
「あ、アドノスっ!!」
そこにすかさず、ムカデの頭が振り下ろされる。
何とか体を捻って回避するが、動きの鈍った足に、その牙がかする。
「……ッ!!」
それが毒だということは、すぐに分かった。
目は霞み、体の動きが鈍くなっていく。
「メディナ……解毒を……。」
「わ、分かった!」
「ちょっと、待って……! 私だけじゃ、持たない……!!」
その間にも魔物は、着実に距離を詰めて来ていた。
この狭い坑道の中では、回復のための距離を取ることは難しく、ローザの矢ではけん制にもなっていない。
「まだか……メディナ……ッ!」
「こ、これ攻撃用の杖だもん……解毒には、時間が――きゃぁっ!!」
「?!」
目の前のメディナが、鉄板のような体に弾き飛ばされる。
その向こうで、同じくローザがひざを折るのが見えた。
体が半分痺れているアドノスの上に、ムカデの巨大な頭部が、ゆっくりと押し寄せる。
どうして。
どうしてこんなことになった。
俺たちはAランクパーティーだ。こんなBランクの魔物、倒せて当然じゃないのか。
『いいか、ヨロイムカデは普通の剣では倒せない。まず、この斬馬刀で外殻を叩き割り、そこにこの矢を打て。矢尻を細くして、毒を塗り込んである。』
……やめろ。
『ヤツの即効性の麻痺毒はかなり危険だ。杖は回復専用の、更に状態異常に特化して調整してある。かすりでもしたら、すぐに解毒をかけるんだ。』
……違う。
『この装備で行けば――お前たちなら、勝てるさ。』
「黙れぇえええええぇえッッ!!!」
アドノスは痺れる手で剣を逆手に持ち替え、押しつぶすように振り下ろされる体の、腹側の節の間に、かろうじて剣先を差し込んだ。
剣の柄は地面に突き当たり、その衝撃で体の深くまで突き刺さる。
青黒い血が、アドノスの体に降り注ぐ。
すかさず剣を斜めに捻り、開いた隙間を、残された全ての力で切り開く。
ムカデは驚いて跳ね上がり、その反動は、その裂け目を急激に広げた。
どちゃり、と嫌な音がして、半身が地面に落ちる。
しばらくはその両方がワサワサと動き回っていたが、やがて、どちらも動かなくなった。
アドノス達の、勝利だった。
「……あ……ぁ……。」
「うぅ……。」
「く……そ…………。」
すぐに立ち上がれるものは、誰もいなかった。
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