第11話 ギルド名

「……ふぅ、ようやく終わったな。」


 ロルフは綺麗になった部屋を見回して、満足げに頷いた。


 椅子やテーブルを並べてカウンターを作り、その隣には倉庫にあったギルドボードを配置してある。

 窓から差し込む夕日が、それらを茜色に染めていた。


「わぁ……。ここが私の……新しいギルド。」

「キュイ!」


 うるうるとするエトの頭の上で、シロが鳴いた。


「あは、ごめんね、私たちの、だね。」

「キュ~。」

「はは。ありがとうな、エト。俺だけだったら一週間はかかってたよ。」

「えへへ、私、お掃除だけは得意なんですよ。」


 どや! と胸を張る姿が可愛くて、つい噴き出してしまう。

 自慢の内容がやや後ろ向きなのは、相変わらずだ。


「いやいや、お前はクエストをするのが仕事なんだからな? そっちでも期待してるぞ。」

「あ……っ。えへへ。」


 エトは照れくさそうに笑った。


 そんなとき、家の玄関が叩かれる音が聞こえた。


「あれ、ロルフさん、来客ですか?」

「ああ。これは、タイミングばっちりかも知れないな。ちょっと待っててくれ。」


 エトを居間に待たせ、玄関に向かう。


 扉を開けると、そこにはスーツ姿に眼鏡をかけた、長身の女性が立っていた。

 脇にはクリップボードを抱えており、いかに仕事が出来そうな印象を受ける。


「ギルド協会です。拠点視察に参りました。」


 その女性は、毅然した態度でそう言った後、すぐに柔らかな表情になった。


「……なんて。お久しぶりです、ロルフさん。」

「驚いたな、エリカさんが直接来るなんて。視察ってのは、意外と厳しいのかな?」


 エリカは、ギルド協会のまとめ役、所長をやっている。

 最初はその若さに反発する人もいたようで、馴染めるように少し手助けをしたこともあるが、今や有無を言わせない有能ぶりで組織をまとめ上げている。

 当然、ギルドマスターだった自分も、色々とお世話になった相手だ。


「ふふ。ロルフさんなら、視察なんてしなくても通しますよ。ただの世間話の口実です。」

「はは、それはありがたいな。」

「……みんな、心配してますよ。ロルフさんが、無理やり辞めさせられたんじゃないか……って。」

「……」


 思わず、言葉に詰まってしまった。

 それを察してか、エリカが言葉を重ねる。


「深くは、聞かないでおきます。でも、ギルド協会の多くの人は、ロルフさんを慕っていますから。それだけは、覚えておいてくださいね。」

「……ああ、ありがとう。エリカさん。」


 彼女の笑顔は、目に染みた。



+++



 だ、誰だろう。

 大人な感じの、きれいな人……。


 エトは物陰に隠れて玄関を見ていた。

 女性はロルフの知り合いのようで、すごく親しそうに話している。


 二人は玄関口で少し喋った後、中に入ってきた。

 慌てて席に座る。


「うん、思ったよりちゃんとしてますね。ロルフさんは、お掃除とか苦手なイメージだったんですけど。」

「はは……痛いところを突くな。実はほとんど手伝ってもらったんだ。」


 ロルフはそういって、エトのほうを手で示した。


「紹介するよ、新しいギルドメンバーの、エトだ。その上にのってるのはシロ。こちらは、ギルド協会のエリカさんだ。」

「は、はじめましてっ!」

「キュゥ。」

「ふふ、よろしくね。エトさん。シロちゃん。」


 なんだ、協会の知り合いの人だったんだ。

 エトはほっと胸をなでおろした。


 その様子を見て、エリカはすすっとエトの方に寄ってきた。

 そのまま小声で話しかけてくる。


「ロルフさん、ちょっと常識がずれてるとこがあるから……サポートしてあげてね。」

「は、はは……そうですね。それはもうけっこう、身に染みています……。」


 思わず苦笑いしてしまう。

 今日一日だけでも、いくつあったことやら。


「でも、すごくいい人だから。きっと知ってると思うけど、ね。」

「そ、そうですよね! ロルフさん本当に親切で、優しくって――」


「おーい、二人で何の話をしてるんだ?」


 ロルフが近づいてきたので、エトは思わず口を塞いだ。

 そんなエトの耳元に近づいて、エリカは一言だけ囁いた。


「がんばってね。」

「へ……っ?」


 エリカはさっとロルフに向き直り、にこりと笑った。


「ふふ、ギルドの話ですよ。ね、エトさん。」


 エトは慌ててこくこくと頷く。

 ロルフは首をかしげたが、すぐにエリカが言葉を重ねた。


「それで、新しいギルドの名前は、何にするんですか?」

「ギルドの……?」

「名前……?」

「キュィ?」


 ロルフとエトは、思わず顔を合わせた。ついでにシロも。

 そう、ギルドには、名前が必要だったのだ。


「……その様子だと、決めてなかったみたいですね。」


 エリカが呆れ笑いを浮かべている。


「しまった、完全に忘れていたな……。エト、何かいい案ないか……?」

「え、ええ?! そんな急に言われても……!!」


 ギルドの名前なんて、そんな大切なもの――


 そう考えた時、ふと、一つの光景が脳裏に浮かんだ。

 それはエトにとって、新しいギルドの始まりの景色だった。



「……トワイライト……なんて、どうでしょう。」

「トワイライト――『黄昏』、か。」


 ロルフは、なるほど、というように、周囲を見回した。

 先ほどよりも深くなった夕日が、ギルドの内装を赤く照らしている。

 まさに、『黄昏のギルド』という光景だった。


「うん、いいな。よし、ギルドの名前は『トワイライト』だ。」

「ふふ、いい名前ですね。ではそれで、登録しておきます。」


 エリカは手際よく、書類に書き込んだ。



 私の『トワイライト』は、この光景では無いのだけど――

 そのことは、今は黙っていよう。


 エトはロルフの横顔を見て、くすりと笑った。



 それからしばらく、三人で他愛のない話をして過ごした。

 あっという間に時間は過ぎ、気づいたときには、外は真っ暗になっていた。


「それじゃ、今日はこれで失礼しますね。またお邪魔させてください。」

「ああ、前ほど忙しくないからな。いつでも遊びに来てくれ。」

「あの、次はお茶とか、お菓子とか、用意しますね!」

「キューイ!」


 二人と一匹の見送りに手を振り、エリカは協会に戻っていった。



「ええと、じゃあ私もそろそろ、宿に戻りますね。」

「ん? エトは、ギルドハウスに泊っていくだろう?」

「あ、はい、私はギルドハウスに――」


 え?


「うん、そうだよな。シロを連れて宿には泊まれないだろうし。」

「あ……っ!」

「キュゥ?」


 たしかに、そのことをすっかり忘れていた。

 基本的に宿屋は動物の持ち込みは禁止なのだ。


 しかし、ギルドハウスに泊るということは――


「で、でもここは、ロルフさんのお家でもあって……その、ご迷惑が……」

「はは、気にするな。部屋はたくさんあるしな。さ、戻るぞ。」


 そう軽く笑って、ロルフは家に入っていった。


 ――き、気には……

 気には、するのでは――?!


 エトは夜空にエリカを思い浮かべ、声もなく叫んだ。

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