第10話 小さな白い、新たな仲間

 エトとロルフは一旦掃除を中断し、場所を居間に移していた。


「い、いい、家の地下に、Sランクの魔物の封印……? そんなこと、あります……??」


 説明を聞いた後も、エトはしばらく内容を飲み込めずにいた。


 Sランクの魔物と言えば、一匹で街を壊滅させるほどの、災害級とまで言われる存在だ。

 そんなのが漬物みたいに家の地下に置いてあるなんて、誰が思うだろうか。


「ああ。すぐに説明するべきだったんだが、一人暮らしが長くて忘れてしまっていてな……。本当にすまなかった。」

「い、いえっ! 剣を抜いちゃったのは、私ですし……!」


 ロルフの隣には、例の古びた大剣が置かれている。

 先ほど地下室から出るときに、一緒に回収してきたものだ。


 気が付いたとき、この剣は足元に落ちていた。

 地面から引き抜いた記憶はないのだが、状況的に考えて、自分がうっかり引き抜いてしまったのだと思う。


 それに対して、ロルフは首を左右に振った。


「いや、剣を抜くだけなら、別に問題は無いはずなんだ。」

「えっ……封印なのにですか?」

「封印自体は、剣で完結しているんだ。俺も一度、整備のために引き抜いたことがあるからな。」


 毎度毎度この人は、とんでもないことをさらっと言う。


「ロルフさん……よくそんなこと出来ましたね……。」

「整備してる間も、周りの仲間はビクビクしながら臨戦態勢で見守ってたよ。ヤスリかけるたびに悲鳴が上がったりしてな。」

「……目に浮かびます。」


 エトは同情の溜息をついた。

 目の前でSランクの封印が砥石で削られるのなんて見ていたら、間違いなく先に精神が擦り切れてしまう。


「でも、じゃあどうして、封印が……?」

「わからん。術式に欠陥があったのか、それとも――」


 そこまで言って、ロルフは少し考える仕草をした後、再び頭を下げた。


「とにかく、地下に入れてしまったのは俺のミスだ。危ない目に合わせてしまってすまない。」

「い、いえっ! 勝手に入っちゃったのは私ですし、それに――」


 助けに来てくれて、嬉しかった――と言いかけて、これは飲み込んだ。


「と、とにかく、私こそごめんなさいっ!」

「いいや、エトは悪くない、俺が――」


「キューーイ!!」



 二人の謝罪に割って入るように、腕に抱かれた竜が鳴いた。

 エトとロルフは、目を見合わせる。


「……コイツのことも、考えなきゃな。」

「そう、ですよね……」

「キュィ。」


 あの不思議な体験の後……気が付いたら、この子を腕に抱いていた。

 この竜はエトから離れようとせず、しかし抱いていると大人しくしているので、とりあえずここまで連れてきたのだ。


「状況からすると、これが剣に封印されていた、黒竜ってことになるんだが……」

「キュイ?」


 ロルフはしゃがみ込んで、エトの胸に抱かれた小さな竜を、まじまじと見つめた。

 自分が見られているわけではないのだが、その近さに、思わず顔が熱くなる。


 しばらく観察したあと、ロルフは口を開いた。


「……白いな。」

「……白い、ですね。」


 二人は再び顔を見合わせ、首を傾げた。


 実は、黒竜と聞いたときから、ずっと疑問に思っていたことだ。

 この竜は、どこからどうみても、白い。


「流石に黒竜というからには……黒いと思うんだがなぁ……」

「ですよね……。これだとむしろ、白竜というか……」


 視線を落とすと、その白い竜のつぶらな瞳と目が合った。

 キュゥ、と嬉しそうに鳴きながら、頭を頬に擦りつけてくる。


「あはは、くすぐったいよ。」


 その無邪気な様子を見ると、これが凶悪な魔物であったなんて、とても考えられない。


「それにしても……どうしてこんなに小さいんでしょう? さすがにSランクの魔物なら、もっと大きいですよね。」

「おそらく、そっちは魔法陣の影響だな。」

「魔法陣……あの、地面に書いてあったやつですね。」


 ロルフは静かに頷いた。


「あれは魔力を発散させるためのもので、放っておけば黒竜は完全に消滅するはずだったんだ。復活したとしても、全盛期よりは弱っていると言われていたが……その影響で、若返ったりしたのかもしれない。」


 そういうとロルフは椅子に座って腕を組み、考え事を始めた。


「う~ん、他に例がない特殊な術式だし、何が正解なのかわからん。本来なら、国の研究機関に渡して、調べてもらうのがいいんだろうが……」


「あ……」


 エトは、なんとなく、この子と一緒に居られるような気がしていた。

 けれど、これがSランクの魔物だとすると、話はそう単純ではない。


「キュィ……?」


 その鳴き声は、どこか不安そうに聞こえた。


 この子が、国に引き渡されたら……どうなるのだろうか。

 ちゃんと、育ててもらえるのだろうか。

 痛い思いや、怖い思いをしないだろうか。


 いや、それ以前に――もし、危険と判断されてしまったら――?



「あ、あの、ロルフさんっ! この子、私に預けてもらえませんか……?!」


 気づけば、エトは勢いよく立ち上がっていた。


 無茶なことを言っているのは、承知している。

 それでも、私はこの子を、守ってあげたかった。


 ロルフは、最初こそ驚きの表情を見せたが、すぐに何かを考えるように、目を閉じた。


「キュ。」


 緊張のあまり、竜を抱く手が固くなる。

 エトは静かに、ロルフの返事を待った。



 しばらくして、ロルフはゆっくりと頷いた。


「……うん、そうだな。黒竜の封印はそれ自体が秘密だったし、変に事を荒立てる必要もないだろう。エトにもよく懐いてるみたいだしな。」

「ほ……本当ですか?!」

「キューイ!!」


 エトは飛び上がって喜んだ。

 竜のほうも翼を広げて、エトに頬擦りする。


「あはは、うん、シロちゃんも嬉しいよね。」

「シロちゃん?」

「あ……っ、その、白いから、つい……。」

「ふふ。いいんじゃないか? ピッタリだと思うぞ。」


 思わず安直な名前を呼んでしまい、照れ笑いする。

 名前をつける意味で呼んだわけではなかったのだが、改めて考えると、その名前はとてもしっくりくるような気がした。


 エトは両手で、その白い小さな竜を持ち上げた。


「これからよろしくね、シロちゃん。」

「キュキューーイ!!」


 シロは、嬉しそうに翼を広げて見せた。

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