第8話 ギルドハウスへ行こう②

「おい、本当にこんなの、貰っていいのかよ?」

「もちろん。どうせもう使わないし、せっかくの家がもったいないだろ?」

「誰かに売るとかあるだろうよ。」

「だから知ってるだろー? 俺はもうお金とか、必要ないの。」

「うわ、一度は言ってみたいセリフだな。」


 ロルフの皮肉めいた表情を無視して、その男は、ゆっくりと屋敷を見上げた。


「それに、家は誰も住まないと、死んじまうんだ。できるなら……長生きしてほしいだろ。」

「……とか何とか言って、たまに息抜きに遊びに来るためじゃないだろうな?」

「あはっ、バレてたか。」

「ったく。」


 ついつい茶化してしまったが、その気持ち、わからなくもない。

 生まれ育った家が空き家になって、廃れていくというのは、何とも言えない気持ちになるものだ。


「わかったよ。そこまで言うなら貰ってやる。キャンセルは受け付けないからな。」

「よっしゃ! ロルフなら頼み倒せば聞いてくれると思ってたよ!」

「おい。そういうのは本人に聞こえないとこで言え。」

「じゃ、早速今日はお祝いの飲み会だな。ギルドハウス行ってあいつらも呼ぼう。」

「聞け! あとお前、結局飲みたいだけだろ?!」

「バレた?!」


 二人で馬鹿笑いする。

 正直、こういった時間は、嫌いではなかったな。



「それにしても、よりにもよって、俺にこんなでかい家とはな。」

「何言ってんだよ。地下のアレのことを考えたら、お前以上の適任ないだろ?」

「……ああ、確かに、言われてみればそうか――。」


 ロルフは、納得して頷いた。



+++



 家の掃除をしていると、色々と昔のことを思い出す。

 お互い忙しくなってしまって、疎遠になってしまった仲間たち。

 せっかく業務から解放されたのだから、今度会いに行っても良いかも知れない。


 それにしても――。


「……何か、忘れてるような気がするんだよなぁ……。」


 ロルフは一人で首を捻った。


 考え込んでいると、背後の扉が勢いよく開いた。


「ロルフさん、二階のお掃除、終わりましたー!」

「な、何、もう終わったのか。」

「はいっ! ロルフさんのお部屋は、そのままにしてありますけど。」


 ちらりと二階を覗くと、かなり細かいところまでピカピカになっていた。

 掃除が好きだと言ったのは本当らしく、恐ろしい手際の良さだ。


 一方でロルフは、居間の掃除をまだ終えられていなかった。


「エト……お前、すごいな……。」

「えへーん、掃除には自信があるんですよぉ。泊ってた宿屋も、よく宿泊料が払えなくなって、お掃除で勘弁してもらってたんです! いっそここで働かないかって褒めてもらったんですよ!」


 自信に満ち溢れた顔で、胸を張るエト。

 クエスト前の様子からは想像できない頼もしさだ。


 自慢エピソードがやや後ろ向きだが。


「いや、正直助かるよ。掃除は苦手でな……。鍵を渡すから、一階の他の部屋も頼めるか?」

「お任せくださいっ!」


 エトは鍵を受け取ると、鼻歌交じりに部屋を出ていった。

 これならば、今日中に掃除してしまうことができそうだ。


 ロルフは一度伸びをして、再び居間の暖炉に向き直った。

 が、火かき棒に施された剣の形の模様をみて、ぴたりと手が止まる。


「……やっぱり、何か忘れてるような……?」



+++



「ふふ。ロルフさんにも、苦手なことがあるんだなぁ~。」


 エトは鍵束を持って、スキップした。

 最初に会ったときのロルフは、知識があって、技術があって、完璧超人のようなイメージだった。

 だからこそ、ロルフという人物を深く知れたような気がして、とても嬉しい。


 それに、自分が役に立っている、という喜びもある。

 ここに来るまでは、武器からクエストまで、お世話になってばかりだった。

 恩返しと思えば、掃除の手にも力が入るというものだ。


「それにしても、本当に大きいお家……。二階よりも一階のほうが広いし、どこから掃除しようかな……。」


 クルっと見回すと、ひときわ古びた、金属製の扉が目に入った。

 鍵を使って開けてみると、中は倉庫になっているようだった。


 厳重な扉にしては、中には大したものも無く、使われていない部屋という感じだ。

 それ故に、床も壁も埃だらけで、端っこのほうは蜘蛛の巣が張っている。


「お掃除の鉄則、まずは一番汚い場所から……だよね。よーし、がんばるぞっ!」


 エトは気合を入れ、頭巾を締めなおした。

 まずは埃を落として、それから床を拭き掃除して――


「……あれ?」


 そうやって床に目をやったとき、少し気になるものが目に入った。

 部屋の奥のあたりの床に、落とし戸……つまり、開くようになっている場所があるのだ。


 その床へと近づき、しゃがみ込んで、よく観察する。

 普通の木製の戸だ。鍵なども特にかかっていない。


 引っ張ってみると、多少動きが重くなっているものの、比較的簡単に開けることができた。

 床に積もっていた埃が舞って、日の光でキラキラと輝く。


「あ……。この感じ……?」


 不思議なことに、それが開いたとき、故郷の森のような香りを感じた。

 思わず懐かしい気持ちになる。

 見た目はむしろカビ臭い感じなのだが、どういうことなのだろう。


 中を覗き込むと、地中に続く梯子があった。

 とても深くまで続いている……というわけではなく、一階下くらいで止まっている。


「土の匂い……。この下も倉庫なのかなぁ。高級なお酒とかあったりして。」


 ロルフに聞いても良かったのだが、これはこれで探検しているようで楽しい。

 エトはワクワクしながら、慎重に梯子を下りた。


 地面に足が付くと、そこが床ではなく、土の地面であることに気が付いた。

 期待とともに振り向くも、部屋はそれほど広くなく、部屋の中央に何か細長いものが一つあるだけだった。


 エトは少しがっかりしたが、すぐにその中央のものが気になり、そのまま薄暗い中を歩み寄った。


 それは、斜めに地面に突き立てられた、一本の古い大剣だった。



「……武器? なんでこんなところに、一本だけ……。」


 エトは何の気なしに、その剣にへと手を伸ばした。


「え……っ?」


 その直後、足元に、つむじ風のようなものが起こった。

 それは徐々に強くなり、周囲の塵を巻き上げ、吹き飛ばした。


 そこにあったのは、砂や埃に隠れていた、大きな魔法陣だった。


「きゃっ……?!」


 何が起こっているのか分からないまま、風は更に強さを増す。

 思わずバランスを崩したエトは、反射的に――目の前の剣の柄を、掴んだ。

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