第7話 ギルドハウスへ行こう①
「ふふ~ん……♪」
「はは、上機嫌だな、エト。」
「えへへ、クエストの帰り道が憂鬱じゃないのって、初めてなので……。」
エトは手に持ったクエストの受注書を、嬉しそうに抱きしめた。
その浮かれようを見ると、こっちまで嬉しい気持ちになる。
「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「ギルド協会だ。クエストの達成報告をしなくちゃならないからな。」
ギルド協会とは、国が運営している、ギルド向けの窓口のことだ。
クエストの受注や達成報告は、ここで行う必要がある。
ここで、クエストの手順を軽くおさらいしよう。
ギルドとして認められると、このギルド協会から、ギルドランクに応じたクエストの受注書が送られてくるようになる。
ギルド側はそれを拠点内のクエストボードに張り出し、所属する冒険者に開示する。
冒険者は受けたいクエストの受注書を選び、ギルドマスターに許可を貰いにいく。
ギルドマスターはここで、その冒険者ないしパーティーが、提示されたクエストを受けるに価するかを判断しなければならない。
クエストを失敗したり、キャンセルが発生した場合、ギルド側が違約金を支払う必要があるからだ。当然、ギルドランクの査定にも影響する。
ギルドマスターが問題なしと判断した場合、受注書に承認印を押す。
冒険者はこれをギルド協会に持っていき、ギルド協会が受理すれば、晴れてクエスト開始となるのだ。
もっとも、クエストの一覧は全てのギルドに送られているので、既に他ギルドで受注済みというケースもある。人気のクエストを受けるには、早さも必要だ。
今回は自分がギルドマスターなので、貰った受注書をそのまま受注してきたわけだ。
「おー……っ! 私、達成報告するの、初めてです……!」
エトは目をキラキラさせている。
たしかに達成報告は、冒険者の醍醐味と言われているからな。
クエストを達成した冒険者は、受注書と証拠品を持って、ギルド協会へ報告に行く。
ここでようやくクエストは終了となり、冒険者は報酬を得ることができるのだ。クエストの一番うれしい瞬間とも言える。
なお報酬の一部は、ギルド協会を通じて、達成したギルドにも支払われる。
ギルドはこれを資金源にして運営するのだ。
「ただ……思ったよりずいぶん早く終わったからな。先に拠点に寄って、荷物を下ろしてからのほうがいいかもしれない。」
「拠点?」
エトはちょっと首をかしげて、すぐに思いついたように顔を上げた。
「あ、そっか、ギルドを作るってことは、ギルドハウスも必要なんですね。もうあるんですか?」
「ああ。まぁ、あるというか、俺の家なんだけどな。」
「ロルフさんの、お家……ですか。」
拠点の建物にも特に制約はないので、すぐに使える自分の建物で申請したのだ。
これにはエトも少しがっかりするかと思いきや、なぜか逆に、みるみる楽しそうな表情になった。
「いいですね! なんだか、あったかい感じで。ちょっとこじんまりしてるくらいのほうが、私好きです!」
「おぉ、そう言ってもらえると助かるな。」
「寄っていきましょうよ、 私も、見てみたいですっ。」
「うん、そうだな。そうするか。」
ロルフは進路を変え、エトは嬉しそうに、そのあとに続いた。
+++
「こ、ここが……ロルフさんの家……?」
エトは首をゆっくり上に傾け、ぱちくりと目を瞬かせた。
エトの脳内では、一般的な民家をイメージしていた。
そもそも冒険者はあまり家を持たず、宿屋や貸家を使うのが一般的なので、民家でも珍しくはあるのだが――
連れてこられたのは、かなり大きな洋館の前だった。
「あぁ、ちょっと古いんだけどな。」
「い、いやいや、大きすぎませんか?!」
「ん、そうか? ギルドハウスにはちょうどいいくらいの大きさだと思ったんだが。」
「ギルドハウスに、ちょうどいいくらいの大きさの、お家が! 大きすぎるんですっ!!」
前々から思っていたが、このロルフという人は、どこか常人と感覚がずれている。
すごい知識とすごい技術を持っていて、ものすごく親切な人だということは、間違いないのだけれど……。
「もしかして、ロルフさんって、すごいお金持ちの人なんですか……?」
「はは、そんなわけないだろ。この家は貰ったものなんだ。」
「お、お家を貰った……?」
「一人で使うには大きすぎると断ったんだけど、どうしてもと食い下がられてな……。ま、そのおかげでギルドが作れるんだ。感謝しないとな。」
そう言ってロルフは笑った。
そっかぁ……。ありがとうございます、ロルフさんに家を下さった、どなたか……。
エトの脳内には少なく見積もっても十数個の疑問が浮かんでいたが、一つの疑問を言うと数倍に増えるようなので、一旦考えないことにした。
「さ、入ってくれ。」
「お、おじゃましますっ!」
ロルフに続いて玄関をくぐると、中はそこそこに散らかっていた。
埃の積もった場所も多く、まったく使われていない家具もあるようで、あまり生活感が感じられない。
エトは少し、手がうずくのを感じた。
「あー……すまん、ちょっと汚いな。あまり帰ってなかったから、掃除とかも出来てないんだ。」
ロルフもばつが悪そうに、頭をかいた。
あれだけ武器の整備に細かいのに、家がこんなだというのは、なんだか面白い。
「ギルド協会から視察が来ると思うから、もう少し綺麗にしておかないといけないな。」
その言葉に、エトはぱっと顔を上げた。
「あ、あのっ! それなら私、お掃除手伝います!」
「えっ? いや、それは悪いだろ。普通に俺が散らかしたものだし……。」
「す、好きなんですっ!!」
ロルフが不思議な顔をしているのをみて、エトは慌てて言い直した。
「あ、掃除! 掃除が好きなんですっ!」
「そ、掃除が?」
「そうです、そうです。それに――」
エトは顔を真っ赤にして伏せ、控えめな声で言った。
「それに、私の……ギルドハウスでも、あるわけなので……。」
ロルフはふっと笑いを漏らした。
とても優しい笑顔だった。
「そうだな。じゃあ、手伝いを頼むよ。」
「……はいっ!!」
こうして、ギルドハウスの大掃除が始まった。
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