第6話 初めてのクエスト

「……ロルフさん、見つけました……。」


 エトが小さく指差す方向を注意深く追うと、川の近くの茂みに、大きなヘビの尾のようなものが見えた。


「ああ、確かに。しかしエト、よくあんなの見つけられたな。」

「えへへ……索敵は得意なんです。」


 そう言って、周囲をきょろきょろと見渡した。


「……他に魔物は、いないみたいです。」

「うん、理想的だな。いけそうか?」


 ここに来るまでの間に、ツリーボアとの戦い方については一通り伝えてあった。

 最も注意しなければならないのは、その長い体を使った締め付けだ。そのため、体を巻き取られないように立ち回ることが重要である。


 動きの鈍い戦士などは相性が悪く、遠距離職では倒す前に逃げてしまう場合が多い。

 逃走防止に機動力の高い近接アタッカーを置いて、遠距離攻撃で削るのが最も確実だが、パーティーで狩猟するにはやや報酬が少ないので、あまり人気のないクエストだったりする。


 そう、つまりこのクエストは、エトのスキルと非常に相性が良いのだ。

 更にツリーボアは空中への攻撃方法がないため、双剣には跳躍力の強化を付与してある。彼女なら捕まることも逃がすこともなく、確実にダメージを与えることができるはずだ。


 エトは双剣を胸に当て、深呼吸をした後、大きく目を開いた。


「――いけます。」

「よし、頑張れよ。」


 ロルフが軽く肩を叩くと、エトは少し不安げに微笑んで、茂みの中へ踏み出した。



+++



 ロルフは唖然とした。


 相性のいい敵を選んだつもりだった。

 武器にしても、専用に整備してきたつもりだった。


 しかし――それでも――この展開は、予想していなかった。


「……こんな、ことが……」


 会敵から、僅か二秒足らず。

 その目の前には巨大なツリーボアが横たわっていた。


「た、倒せちゃいました……」

「倒せちゃった……かぁ……」


 意外な展開に、二人ともそれぞれ表情を硬直させていた。


 ほとんど気づかれることなく接近したエトは、草むらから飛び出すや否や、首元に一撃を加えた。

 そして驚き跳ね上げた頭に向かって、そのばねを利用するように、急所へ最後の一撃を叩き込んだのだ。


 ロルフの想定では、エトの俊敏性で攻撃をかわしつつ、逃げられないように立ち回って、隙を見て攻撃……というような、持久型の戦い方になるはずだった。

 嗅覚の鋭いツリーボアに気づかれず近づくことなど、普通は不可能だからだ。


「……驚いたな……。エトの力を見くびっていたみたいだ。」

「そ、そんなっ、こ、この武器のおかげですよ!」

「そんなわけあるか! こんな一撃必殺みたいな倒し方をして!」

「に、二回は斬りました!」

「ちがう、そうじゃない……」


 全く、クエストに失敗しすぎてこじらせているな、こいつは。

 これだけのことができるなら、もう少し自信を持ってほしいものだ。


「それにしても、見事に扱えていたな。双剣を使うのは初めてじゃないのか?」

「い、いえ、使ってみたかったんですけど……やっぱり二本ある分、ちょっと高くって……。」


 エトは恥ずかしそうに苦笑する。


 うーん、やっぱりそうなるよな。

 初心者冒険者なんて金持ってるわけないんだから、ギルドが武器を用意してなきゃ、自分の適性を試せないじゃないか。

 他のギルドは一体何を考えてんだか。


 ロルフは一人で首をかしげた。


「しかし、初めての武器でそれだけ動けたのか。」

「そうなんです! これ、すごく使いやすくって……まるで手に吸い付くみたいで、重さも全然感じなくって……!」


 エトは興奮した様子で、双剣を軽く振るって見せた。

 言葉の通り、まるで体の一部のように扱えている。


「ああ、エトの体に合わせて、少し短いものを選んだんだ。軽くなるし、狙いも付けやすくなるからな。」

「なるほど……武器って、そうやって選ぶんですね。値段しか見たことなかったなぁ……。」


 短剣と自分の体を交互に見つめて、エトは溜息をついた。


「他にも戦う相手や場所、気候やパーティー編成によっても、武器に求められる要素が変わってくる。前のギルドじゃ、長さや重さが微妙に違う武器を色々と揃えてたもんだ。見た目はほとんど一緒なんだけどな。」

「べ、勉強になります……っ!」

「まぁ、基本的には俺がクエストごとに見繕うから……って、そうだ、それより重要なことを忘れてたな。」

「?」


 ロルフはエトのほうへ向き直った。


 武器の話なんてのは後でいい。

 とにもかくにも、これを言ってやらなきゃな。


「――初クエスト達成、おめでとう。エト。」

「……あ。」



 冒険者という職業には、これといった定義がない。

 自分は冒険者だと主張さえすれば、何もしなくても冒険者になれるわけだ。


 しかし、風説での定義はある。

 ギルドに属していなければならないとか、魔物を倒したことがなければならないとか、そういったものだ。


 その中でも、最も有力なもの。

 『クエストを達成した者を、冒険者と呼ぶ。』


 エトがそのことを、気にしていなかったはずない。



「私……私、ようやく、なれたんだ……。」


 エトはへなへなとその場に座り込んだ。

 その瞳から、ぽろぽろと涙があふれ出す。


 やれやれ、個人的には、これで今まで活躍出来なかったということのほうが、脱力ものなんだけどな。


 討伐されたツリーボアに目を向ける。

 先ほどの鮮やかな太刀筋が、脳裏に甦る。


 彼女のスキルは、特殊で、希少で、そして強力だ。

 今後、どれほど華々しい活躍を見せてくれるのか――。



 ロルフは静かに頷き、微笑んだ。


「この先が、楽しみだ。」

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