第5話 一方、その頃

「ハッハッハー!! 笑いが止まんねぇな!!」


 『ルーンブレード』の現ギルドマスター、アドノスは、空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。


「ホントにねぇ~。まさか倉庫の無駄な武器が、こーんなに高く売れるなんて!」

「状態が良かったから、ですって。あの整備士も、最後に役に立ちましたねぇ。」


 メディナとローザも笑いながら、金貨の詰まった袋をつついた。

 アドノスがその袋を掴み上げ、高く掲げる。


「いいや、あのバカはこれだけの金を、ずっと腐らせてたってことだ! 武器は一番いいのを残して、後は売却! そんな常識も知らねぇんだからな!!」


 あまりの大声に酒場の客の視線が集まるが、そんなものに構いはしない。


「まぁそもそも、ギルドが武器を持ってるのが意味不明よねぇー。しかもあーんなにたくさん。」

「武器のコレクションが好きだったんでしょう? ギルドマスターだからって、趣味と仕事を混同しないでほしいわ。」


 アドノスはにやりと笑い、袋から一つかみの金貨をテーブルの上に取り出した。

 それを二つに分け、メディナとローザの前に置く。


「それは優秀な幹部達に、俺からのボーナスだ。取っときな。」

「えー! アドノス、最っ高!」

「素敵。こういう人にこそ、ギルドマスターになるべきよねぇ。」


 メディナとローザの強い敬愛の視線を感じる。

 あぁ、その通りだ。俺はギルドマスターになるべくして、ギルドマスターになったのだ。



 思えば、ここまで長かった。


 ひとつ前のギルドでは、ずっとBランクパーティー止まりだった。

 俺の力だけが特出していて、他が全く追いつけていなかったからだ。

 当然何度もギルドマスターにパーティーの交換を打診したが、そいつも頭が悪く、全く聞き入れようとしなかった。

 そこで俺はそのギルドを捨て、このルーンブレードに移籍することにしたのだ。


 するとどうだ?

 今まで挑戦すらさせてもらえなかったAランクのクエストが、あっさりとクリアできるじゃないか!

 やはり俺の力は、とっくの昔にAランクを超えていたのだ。俺は間違っていなかったのだ!


 しかし、このギルドにも問題がないわけでは無かった。


 それがギルドマスターのロルフだ。

 奴は冒険者でもないくせに、俺たちの装備についてとやかく文句を付けてきた。


 とはいえ、腹立たしいことではあるが、奴の用意する武器は意外と質が良かった。

 利用できるものは利用すべきなので、俺は今までの装備を捨て、それらを使ってやっていた。


 だが、ある日、とんでもないことが判明した。

 奴はあろうことか、俺が愛用していた武器を、他の弱小冒険者にも貸し与えていたのだ。


 もちろん俺は猛抗議をした。実力から考えれば、明らかに俺の専用装備にすべきだからだ。

 しかし、奴ときたら武器の相性だとか、クエストの特殊性だとか意味の分からない御託を並べて、話を聞こうとしなかった。


 不審に思った俺は、信頼のおけるパーティーと共に、ヤツを監視した。

 するとどうだ、ギルドの金を無駄な武器につぎ込むわ、クエストの開始と終了のたびに武器を回収して出動を遅らせるわ、意味の分からない理由でクエストの受注を却下するわ……ギルドを私物化して、好き勝手やっていることが分かった。


 このままではこのギルドに未来はない。そう確信した俺は、このギルドを奴の手から取り返すことを決意したのだ。



「それにしても、署名を見た時のロルフの顔、傑作だったよねー!」

「えぇ、まさに絶望の表情。笑っちゃいますね、あんな――ニセモノの署名に。」


 そう、ギルドの半数がロルフを追放したがっている、というのは、嘘だ。

 特に弱小の奴らは、その腐った状況をありがたがっていたやつもいただろう。


 ただ内心では、みんな整備士のギルドマスターなんぞ認めていたはずがない。

 そういった意味で、俺は皆が言えなかったことを代弁したに過ぎない。


「まぁ、そのことをロルフが知ることはもう無い。ギルドメンバーには、もしロルフと会話でもしたら、ギルドとして制裁すると言ってあるからな。」

「ちゃんとアイツの悪事もバラしたしねー。ギルドマスターの権限を使って、私腹を肥しまくってました、って!」

「あのとき、メディナが泣き出したのは面白かったわ。」

「えへ、私ほら、演技派だから。」


 このメディナとローザの二人は、こっちのギルドに来てからパーティーを組んだ。

 二人とも俺が才能を見抜き、他の弱小パーティーから引き抜いたのだ。

 最初は不審な目で見ていたこともあったが、Aランクのクエストを軽々とこなす様子に、すぐに尊敬の眼差しを向けてきた。


 まぁ、二人とも俺の腕には及ばないが、その献身的な姿勢は評価に値する。


「でもさでもさ、実はアイツ、本当にギルドのためにやってたんだとしたら……どうする?」

「ぐぶっ……ちょっと、お酒飲んでるときに笑わせないでよ、吹き出すかと思ったじゃない。」


 本当に、ギルドのためを思って?

 ……もし、そうだとしたら――。


「無自覚でギルドを悪くするギルドマスターなんざ……カス以下だな。」


 アドノスは、二人には聞こえないくらいの声で、ぼそりと呟いた。



 この世界は、滅茶苦茶だ。

 何の能力も持たないクズ共ばかりが上に居座り、本当に重要な能力者を押しつぶし、覆い隠している。

 ズル賢い奴ばかりが成功し、真実の力は評価されない。

 そうして得た安定の上でなお、ただただ全てを浪費する。


 だが、お前らは思い知らなければならない。


 本当の栄光には、本物でなければ届かないということに。



 最後のロルフの顔を思い出す。

 その顔は後悔と苦悩にまみれていた。


 思わず笑みが漏れる。

 正しい評価が下される瞬間というのは、いつだって痛快だ。


「俺の力を侮ったことを……ただひたすらに後悔しろ。ロルフ。」


 アドノスは、酒のボトルを一気に飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る