第4話 ギルドの作り方

 ギルドに所属するメリットは、大きく分けて二つある。


 一つは、ギルドを通して、倒した魔物の魔石を国に買い取ってもらえること。

 もう一つは、国に寄せられた様々な依頼、『クエスト』を受けられること。


 どちらも冒険者にとって重要な収入源だが、とりわけ重要になるのが後者だ。

 クエストはさらにC~A、そして最上位のSといった4つのランクに分類されており、ランクが上がるごとに危険度が増すが、報酬額も飛躍的に上がる。

 またSランクのクエストを攻略したとなれば名前も売れるので、多くの冒険者の目標ともなっている。


 ただし、ギルドに入りさえすればどのクエストでも受けられる、というわけではない。

 ギルドにも同じくランクが存在し、原則、所属しているギルドのランク以下のクエストしか受けられないのだ。


 このギルドランクは、クエストの達成実績、魔物の討伐功績、ギルドの規模などによって国が決定し、また年に二回の査定が行われる。

 ギルドランク制はここ数年で制定された新しい仕組みで、これにより未熟な冒険者が高難易度クエストに挑戦して命を落とす……という事故は、目に見えて減った。


 しかし一方で、『ギルドランクを下げる』という理由で、ギルドを追放される冒険者たちが続出しているといわれている。



「……ランク制の犠牲者、か……。」


 ロルフ自身、この問題には誰よりも頭を悩ませてきた。

 答えは、まだ出ていない。


 階段に腰を下ろし、空を軽く見上げる。今日は雲一つない青空だ。


「ロルフさぁーん!」


 声のした方に目を向けると、手をぱたぱた振りながら駆けてくる、エトの姿が見えた。

 その姿はどこか子犬のようで、ほほえましい。


 ロルフも手を軽く挙げ、それに応えた。


「ああ、エト。こんなところまで呼び出つけてすまないな。」

「い、いえっ! 全然大丈夫ですっ!」


 傍まで走ってきたエトは、肩を上下させ、乱れた呼吸を整えている。

 伝えた時間よりかなり早いので、そんな走ってくる必要は無かったのだが、きっと何事にも一生懸命なのだろう。


 隣に座るように促すと、エトはぺこりと頭を下げてから腰を下ろした。


「それで……あの、ギルドの件って……。」


 そう言っておずおずと見上げてきたエトの顔は、とても不安げに見えた。

 まぁ、急にギルドを作るといわれても、すぐには信じられないだろうしな。


 ロルフは鞄から丸まった紙を取り出し、広げてエトに差し出した。


「ギルド、仮営業、許可証……?」

「あぁ。朝に申請を出してきたところだ。それでCランクのクエストを受けられるようになる。」 

「わあぁ……ロルフさん、本当にギルドを作るんですね……!」


 エトの顔がぱあっと明るくなる。


「なんだ、疑ってたのか?」

「そ、そうじゃないですけど……っ! め、珍しくて!」


 顔を真っ赤にし、両手を振って慌てるエト。

 反応が可愛くてつい意地悪を言ってしまったが、確かにこの書類を見る機会はめったにない。


 ギルドを作るために必要な条件は三つ。

 ギルドハウスとなる活動拠点を持っていること、初期費用を払うこと、そしてCランクのクエストを一つ以上クリアすること。


 この初期費用がけっこう高いので、新米冒険者が集まってギルドを結成……なんてことは普通できないし、どっちにしろ最初はCランクの依頼しか受けられないので、既存のギルドに加入したほうがメリットが多いのだ。


 事実、最近新しいギルドが増えたというような話は、ほとんど聞かない。


「ま、とは言えクエストは俺では達成できないからな。エトにかかっているぞ。」

「は、はいっ! がんばりますっ!」


 エトはそういって両手でガッツポーズを取った。

 ……が、すぐに自信なさげに腕を下ろした。


「でも私……Cランクのクエストも、一つも成功したことなくて……。どんなクエストを受けたらいいか……。」


 そう、実は昨日も聞いていたのだが、エトは今までに、一つのクエストも達成できていないのだそうだ。

 昨日の狩りを見た後では、とても信じ難い話である。

 以前のギルドは、よほど才能を見る目がなかったに違いない。


 ロルフは鞄から、もう一枚の紙を取り出した。


「いや、実はクエストはもう受けてある。『ツリーボア』の討伐だ。見たことはあるか?」

「ツリーボア……はい、クエストで倒したことはないですけど、一応……。大きなヘビの魔物ですよね。」


 その通り、成長すると木ほどの太さになるため、ツリーボアと呼ばれている。

 毒などは持っておらず、気性も穏やかなので、その大きさからすれば比較的安全な魔物だ。

 ただし繁殖期には栄養を蓄えるために獰猛になり、人を襲うことがある。

 そのため、その直前時期にはこうして、数を減らすための討伐依頼が出されるのだ。


「あぁ。通常はパーティーで攻略するんだが、森の中ならエト単体でも十分に戦えるはずだ。それと……。」


 ロルフは整備済みの一対の武器を取り出し、エトに渡した。


「え、これ……双剣、ですか?」

「前回の戦闘を見ていて分かったんだが、エトにはその武器のほうが向いている。それにツリーボアとも相性がいいんだ。」

「そ、そのためにわざわざ買ってくれたんですか……?」

「そりゃ、ギルドだからな。」

「え?」

「ん?」


 エトはものすごく驚いた表情で、渡した双剣を握りしめている。

 どういうことだろう。なんだか会話がかみ合ってない気がする。


「いや、クエストに使う武器はギルドが用意するものだろう?」

「い、いやいや、そんなの聞いたことないですよ! 普通はみんな、自前のものを使ってます!」

「……なんだと?」


 そんな馬鹿な。

 それじゃ、どうやって武器を管理してるっていうんだ。


「じゃ、じゃあ、クエストに合わせて武器を変えるときとか、整備のときはどうするんだ……?」

「ええと……あんまり、そういうことしてるのを、聞いたことがないような……。」


 ロルフは口をぽかんと開けたまま固まった。

 そういえば、あまり他のギルドの方針を聞いたことはなかったが……まさか個人で武器を管理していたとは。


 もしかして以前のギルドが、『武器庫ギルド』やら『整備士ギルド』やら言われてたのは、この影響もあったかもしれない。



 そこでふと、残してきた武器のことが脳裏をよぎった。


 ――そういえばアイツら、ちゃんと武器の整備できるのか……?

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