第3話 エルフの少女②
ロルフはエルフの少女、エトと共に、街はずれの森へやってきた。
ここは通称ウサギ森と呼ばれており、その名の通り『ツノウサギ』という魔物が多く生息している。
魔物としては最も弱いCランクの部類に入り、単体であれば非戦闘職でも倒すことができるとされているが、それは平地で戦った時の話だ。
足場も視界も悪い森の中で複数匹と対峙するとなると、中級冒険者でも怪我をすることがある。
そう、この場所では、決して弱い相手ではないのだが――
「……これは、予想以上だな。」
ロルフは思わず溜息をついた。
エトはまるで舞うように、草むらから飛び出てくるツノウサギを、次々と倒していた。
的確な攻撃も素晴らしいが、特筆すべきはその機動性だ。
木の枝やツタすらも利用し、縦横無尽に森を駆けるその姿は、鳥のようにすら見える。
ほどなくして、ツノウサギの攻撃はすべて止み、エトも開けた場所に立ち止まった。
周囲には十数匹のツノウサギが倒れている。大漁だ。
「……ふぅ……。」
「お疲れ様、エト。すごいじゃないか、驚いたぞ。」
ロルフが拍手をしながら近づくと、エトはなんとも言えない表情でこちらを振り向いた。
「あ、ありがとうございます。私もびっくりで……こんなに動けたこと、今までなかったのに。」
「うーむ、武器に付与した効果との相性が、多少良かったのかも知れないが……」
「やっぱり、この短剣がすごいんですね……!」
エトはキラキラした瞳で、短剣を掲げた。
まてまて、とロルフは急いで反論する。
「武器だけでそうなるわけないだろ。機動力重視の戦い方に合っていたってだけだ。こういう地形は得意なのか?」
「あ、はい。小さいころから森で遊んでましたし……。」
そう言ってエトは恥ずかしそうに笑った。
確かに、エルフの里は森の深くにあることが多いが、それだけで説明できる動きではない。
そもそも、何かに飛び移ったり、空中で攻撃したりする戦い方は、外的要因による強化が難しい。それどころか、マイナスに働くことすらある。
例えば枝に飛び移ろうとした場合、ただ脚力を強化すると、大抵は予測地点を飛びこえて足を踏み外してしまう。立体的な動きは、繊細な肉体感覚の上に成り立っているからだ。
もしエトがこのような戦い方をすると知っていたなら、武器に俊敏性の強化は付与しなかっただろう。
しかし実際は、身体能力が上がった状態でのバランス感覚を瞬時に会得し、あの複雑な動きを取って見せた。
類稀なるセンスの持ち主と言えるだろう。
―—それだけに、シンプルな疑問が残る。
「そんなに動けるのに、どうしてボロボロの短剣なんかで戦ってたんだ?」
動きだけ見れば、CランクどころかBランクのパーティーでも通用する腕だ。
持っている武器とあまりに見合わない。
この質問に、エトはすぐには答えなかった。
表情がみるみる曇っていくのが分かる。
「えーと……実は、ギルド、クビになっちゃいまして……。」
「……!」
「私たちのパーティは、平原とか岩山でのクエストが多くって……あんまり活躍できなかったんです。私が足を引っ張っちゃって……ダメですね、あはは……。」
できる限り明るく言おうとしているようだったが、震える声は隠せない。
妙に自信のない子だなとは思っていたのだが、その理由に合点がいった。
きっと彼女は今まで、ずっと自分を責めてきたのだろう。
……まぁ、はっきり言って、これはギルド側の人員配置に問題がある。
どこのギルドか知らないが、適材適所という言葉を知らないのだろうか。
小さく溜息をつき、ロルフはエトの前に軽くしゃがみ込んだ。
「エト。お前はダメなんかじゃないぞ。」
「え……?」
手を伸ばし、エトの頭をぽんと叩く。
「よく、頑張ったな。」
「……っ。」
綺麗な青い両目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
それからエトは、大声で泣いた。
それはまるで、今まで抱えていたものを、吐き出しているようだった。
ロルフはそれが終わるまで、ずっと黙ってそばにいた。
+++
森を抜けたころには、空はすっかり茜色に染まっていた。
二人の両手には、ツノウサギの戦利品がどっさりと抱えられている。
「ええと……すみません、ロルフさん。」
「ん?」
「その、運ぶの手伝ってもらっちゃって。」
「これくらいなんてことないさ。角と皮を分けてもらうしな。」
この角は砥石として使え、皮も様々なメンテナンスに使える。
実は非常に整備士向きの魔物なのだ。
「それに、なんて言うか……お見苦しいところを……うぅ。」
「はは。」
エトは顔を真っ赤にしてうつむいた。
まぁ、これは気にするなというのも難しい話だ。
「……実は今日、俺もギルドをクビになってね。やることがなくて困ってたんだ。」
「え。」
驚きの表情と共に、エトの足が止まる。
一方でロルフはすぐには足を止めず、少し前へと進んだ。
そう、少し前までは、やることがなくて困っていた。
今は違う。
「それで一つ、俺から提案なんだが――」
足を止め、エトのほうを振り向く。
真っ赤な夕日を背後に、ロルフの姿はまるで燃えているように見えた。
「ギルドを立ち上げる。一緒にこないか? エト。」
エトは困惑した表情のまま、しばらく固まって――
「……っ!」
無言のまま、何度も頷いた。
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