第2話 エルフの少女①

「……え? えーっと……?」


 武器を見せてくれないか――

 あまり耳なじみのないその問いに対して、エルフの少女はきょとんとして固まってしまった。


 金色の短髪と、青緑色の瞳、低めの身長。

 子供っぽく見えるが、長寿種族であるエルフの場合、これで成人していることも少なくない。


 そして、その顔や体には、新しいひっかき傷がいくつもあった。

 浅く揃った三筋の跡。この傷には、見覚えがある。


「ツノウサギか。その短剣で狩りに行って、返り討ちにあったんじゃないか?」

「は、はえっ、どうしてわかったんですか……?」


 正解か。

 ロルフは一人頷いた。


「なら、その短剣じゃ相性が悪い。小さくてすばしっこい相手を狙うなら、リーチのある長剣か、柄で打てる槍がいい。それに……」


 改めて、短剣に目を落とす。


「その武器は、整備されてなさすぎる。」


 そこまで言って、目の前の少女が、ふるふる震えているのに気付いた。

 見ると、大きな青い目は、涙で潤み始めている。


 ロルフは焦った。


「う、うぅ……」

「あ、いや、すまない。職業病というか、ついつい気になってしまってだな……」

「うえぇえええ……」


 弁明も虚しく、少女はついに座り込み、短剣を地面に放り出して、泣き出してしまった。


「分かってるんです……でも……でも、でも新しいものを買うお金も、修理してもらうお金も無くて……」


 ロルフは狼狽した。

 周囲から見ると、まるで自分がこの子をいじめているかのようだ。

 泣かしたのは自分なので、あながち間違ってないのが余計悪い。


「わ、悪かった。その短剣を使えるようにするから、泣き止んでくれ。」

「……ふえ……?」


 予想外の言葉に、少女がゆっくりと顔を上げる。

 投げ出された短剣をひょいと拾い、鞘から取り出す。


「というか、元からそのつもりで呼び止めたんだ。どれ……」


 ロルフは短剣を様々な角度に傾け、じっくりと観察した。


 ……なるほど。状態はひどいが、思ったほど悪い品じゃない。

 最高の状態なら、ツノウサギに苦戦するような武器じゃないな。


 短剣を前に置き、上着を開く。

 その内側にはびっしりと整備用の器具が並んでおり、その中から砥石と油の小瓶、いくつかの魔石を取り出す。


「わぁ……。」


 少女は珍しそうにその様子を凝視した。

 とりあえず涙が止まったことに、ほっと胸をなでおろす。


 さて、ここからが本番だ。

 荒い砥石で錆を落としながら、魔石の効果で還元、錬金術の要領で欠けた部分に補填。

 反応が終わりきる前に、細かい砥石で鋭く整える。基本はこの繰り返しだ。


 数分繰り返すと、錆びだらけだった短剣の刃は、鏡のように滑らかになった。


「わあぁ……! すごい……!」


 心なしか、それを見る少女の目も輝いて見える。


 さて、次の工程だ。

 上着からハサミとナイフを取り出し、短剣の柄の部分にある、劣化した皮を削り取る。


 錆びた金属が完全に露出した状態になるので、軽く錆びを落とした後、固定用の紐を固く巻き付ける。

 本当は皮のほうがいいが、手持ちがないので応急措置だ。


 そこまで終わると、ロルフは改めて武器全体を確認し、頷いて、一旦武器を目の前に置いた。


「あとは……今回は、ツノウサギだったな。俊敏性の強化を付与しておくか。」

「……えっ?」


 目を丸くするエトをよそに、ロルフは慣れた手つきで作業を続けた。


 魔石の粉末が入った小瓶を取り出し、中身を少量を手に取る。

 もう片手で刀身の表面に油を薄く塗り、指先に粉を拾っていくつかの図形を書き込む。

 図形の線がつながると、全体が薄青く光りだし、そのまま刃に吸収されるように消えていった。


 短剣を持ち上げ、いくつかの角度から眺める。

 うん、我ながら良い出来栄えだ。


「よし、できたぞ。」

「で、できたぞって……今の、儀式魔法じゃないですか……?!」


 そのエトの言葉に、思わず笑ってしまう。


 武器で言う儀式魔法というのは、剣に炎や雷を宿したりする、高等魔術のことだ。

 そうして特殊な力が付与された武器は『魔剣』などと呼ばれ、非常に高価で取引される。

 しかし、それには特殊な炉や貴重な素材が必要で、基礎理論こそ近いものの、こんな簡素な術式とは規模が違う。


「ははは、そんな大層なもんじゃない。これは自己流の魔術でね。数日で効果は切れるし、多少身体能力を強化する程度だが、安上がりなのが強みだな。」

「じ、自己流? それって、余計凄いような……??」

「まぁそんなことはいいから、とりあえず試しに振ってみてくれ。」


 困惑している少女に、整備の終わった短剣を手渡す。

 彼女はしばらくその短剣を観察したあと、恐る恐る素振りを始めた。


「えっ、えぇっ! 何これ、体が軽い……っ!」

「ふむ。事なもんだな。」


 軽やかなステップ、的確な剣筋。

 これなら、ツノウサギに足元をすくわれることはないだろう。 


「こ、これって、さっきの魔法の効果なんですか?」

「んー、どちらかというと柄の部分の影響だな。グリップが不安定だと無駄に力を取られるから、動きが全体的に遅くなるし、バランスも悪くなるんだ。」

「柄の……それだけで、こんなに変わるなんて……。」


 少女は手に握られた短剣を、呆然と見つめていた。


 しかしこうなると、狩りの様子も見てみたくなるな。

 戦闘のスタイルがわかれば、より合う武器を勧められるかもしれない。


「良ければ、ツノウサギを狩るところも見せてもらえないか?」

「えっ、そんなことまで、いいんですか……?」

「実は暇を持て余しててね。」


 自嘲気味に笑う。決まり文句ではあるが、今回はそのままの意味だ。


「い、いえ! 全然大丈夫ですっ! よろしくお願いしますっ!」


 少女はペコリとお辞儀をした。

 そしてすぐに、何かに気づいたように顔を上げた。


「えっと……私、エトって言います。」

「あぁ、俺はロルフだ。よろしくな、エト。」

「ロルフさん……えへへ、よろしくお願いします!」



 自分が整備した武器での狩りを見るのは、久しぶりかも知れない。


 ロルフは多少なりとも、心が踊るのを感じていた。

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