第196話 殿さまと御台所に事の一部始終を報告する



 9月10日の巳の刻。

 涼馬夫妻は上屋敷の奥御殿に帰郷の挨拶に出向いた。


 七三郎の命を受けた近習の先導で最奥にある殿さまの部屋へ向かうと、豪奢な調度に囲まれた広い部屋に、内裏雛のごとくちんまりと座した伊賀守と奥方は、会いたくて堪らなかった旧友を迎えるがごとく、心からの喜びをもって遇してくださった。


「よくぞ参ったな、涼馬。それと、ええっと……」

 言い淀んだ殿さまに、となりの奥方さまが、

「お清にござりましょう」言い添えてくださる。


「いかぬいかぬ。涼馬の愛妻の名を失念しては……。いやはや無礼を許せよ。して、探索の首尾は如何であったかな? 折々の状況は七三郎から聞いてはおるが……」


 殿さまの問いかけに、涼馬は言葉を選んで概要を報告する。

「七つ口の門限に遅参された件を除き、絵島さまに一切の非はおありにならなかった真実が明らかになりました。その事実は、極めて重いと、かように考えております」


 ほっとした表情になった殿さまは傍らの奥方に語りかけ、

「聞いたか、室。やはり、絵島殿は立派なお方だったのじゃ」

「まことにようござりました。ご縁あって当家でお預かりした方、できるだけお味方になって差し上げとう存じます。同じ女子としてわたくしからもお願いいたします」


 木目込み人形の如き奥方も、おっとりと温かな口調でお答えになる。

 絵に描いたような夫唱婦随に、涼馬と清麿は喜びの顔を見合わせた。


 その瞬間、涼馬のふところで「カサッ」「キュッ」かすかに鳴いたものがあった。

 すべてを見ていた「物語石」と「絵島櫛」が共振と感謝の声を放ったのであろう。


 涼馬はふところから丁寧に巾着袋を取り出し、全員の前にあらためて披露した。

 諏訪産の黒曜石はいよいよ黒光りし、木曽産のお六櫛はべっこうの艶を増している。

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