第195話 ついに兄・徹之助の敵討ちを成し遂げる



 亥の刻。

 一座を畳んだ涼馬夫妻と弥太郎は、初秋の夜道をひたひたと歩んでいた。


 と、とつぜん板塀の上から黒い塊が火山の熔岩のように降って来た。

 数にして十数個か。

 新月間近い闇夜にキラリと光った長いものも同じ数だけあるようだった。


 老翁姿の弥太郎がまず先陣をきり、賊の3人を相次いで仕留める。

 遅れてはならじと、涼馬も短剣で襲い掛かって来た賊を薙ぎ払う。

 怯んだ相手から太刀を奪い取ると、矢継ぎ早に斬り付けて行った。


 上段から振りかざし、下段から掬い上げる。

 返す刀で、横合いから薙ぎ払う。

 舞い上がったところで、左肩から斬り下ろす。

 下方から股間を切り裂く。

 腰巻の裾を帯に挟み、濃い毛脛を見せた清麿も本物の武士のごとく斬りまわった。


 とそのとき、賊のなかで一番の大男が、異様な迫力で涼馬に斬りかかって来た。


 ――こやつが如是坊に違いない! 


 涼馬の勘が、みしっと囁く。

 涼馬は剣、槍、弓、柔術で修得したすべての技を一瞬にこめる。

 全身を鞭のように撓らせると、反動をつかって賊を斬り裂いた。


 ――ギャアァッ!


 大男が絶叫を挙げて斃れると覆面が外れ、獰猛な顔が転がった。

 焦げ茶の覆面の端に、白く抜いた「如是」の文字が確認される。


 ――兄の仇討、ここに遂げたり! 


 血糊の付着した短剣を高々とかざした涼馬は、天空の徹之助に届けよと咆哮する。

 熱い目蓋の裏で、故郷の蓮華寺の墓地に供えられた黒百合の花弁が可憐に揺れた。

 この世で連れ添う仕儀適わなかった徹之助と恋人が、うれしそうに微笑んでいる。


 ――兄上、ご安心召されよ。星野家は拙者と清麿殿が必ず守り抜きますゆえ。


 女の爪のように薄い下弦の三日月が、舞踏のごとき3人の殺陣を見守っていた。


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