第194話 篠笛と浮世絵の競演を出し物に人集め



 9月1日酉の刻。

 深川の内藤家下屋敷から半里ほど離れた辻で、ときならぬ出し物が始まった。


「とざい、とうざい。さてさて、これなる出し物は、世にも珍しい笛と舞いと浮世絵の競演にござる。そこなるご老人はあの世への土産、これなる若衆は朋輩への自慢に見て行きなされ聞いて行きなされ。お代はご無用。拍手ご喝采が一番のオアシだよ」


 老翁に化けた弥太郎が朗々たる口上を述べ立てる。

 暮れなずむ巷に集った群衆はどっと歓声を挙げた。


 物見高く集まった老若男女に、怪しげな人影が確かに10人ほど紛れこんでいる。

 凛々しい若武者姿の涼馬と派手な振り袖姿の清麿は、さりげなく目を見合わせた。


 弥太郎が横笛を口に当てると、紅藤色に染まった巷間に妙なる楽の音が流れ出た。

 音色に導かれた涼馬の肢体は、軽々と宙を舞い、蝶のごとく、ふわりと着地する。

 猫のごとく伸び、栗のいがのごとく縮み、真夏の太陽のごとくに炸裂した。


 赤い襷掛けの清麿は、真っ白な画紙に、縦横無尽に極太の絵筆を揮っている。

 目を剥いた侍や、嫋々じょうじょうたる姫君、瑞々しい木や草や花が次々に描き出される。


 枕絵擬きの際どい部分まで描き入れたらしく、群衆は「わあっ」と湧きに湧いた。

 ときならぬ騒ぎに町方が駆け付けて来たとき、あたりはすでにもぬけの殻だった。

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