第193話 御土居下同心による取って置きの策謀




 当てのない探訪開始から1か月が過ぎる頃、ついにふたりは音を挙げた。

「かようにしておっても、一向にらちが明かぬ。先の見通しも付かぬ……」

 そして、どちらからともなく、罠を仕掛けて敵をおびき寄せる策を言い出した。


 ――困ったときの御土居下同心。ここは久道弥太郎殿に頼るしかあるまい。


 衆議一決した夫婦は、ご家老の了解を得るために上屋敷へ向かった。

 運よく在室した七三郎は、口を極めて涼馬と清麿を励ましてくれた。


「それは妙案じゃ。ただし、抜かるでないぞ。必ず刺客の息の根を止め、絵島さまにも安心していただかねばならぬ。善は急げじゃ。遣いをやり久道殿をここに呼ぼう」


 駆け付けて来た弥太郎は、涼馬夫妻の話を聞くと、即座に策謀を巡らせてくれた。

「朋輩に手伝わせて巷間にうわさをばら撒きます。一方、辻々の立札に姿絵を貼り出して、鵜の目鷹の目で様子を探っている刺客の耳に自ずから入るようにしましょう」


 ――何月何日の何刻に、深川でまことに面白い見世物がある。


 かような流言を流して、刺客をおびき寄せるのだという。

 折しも、南町奉行から告示があった。


 ――来たる8月16日、鈴ヶ森刑場において、盗賊の佐々波ささなみ伝兵衛を処刑する。

 

 如何様に面白き見物になるか待ちきれぬとばかりに下町雀は大いに湧いていた。


「まさに妙案。やってみようではないか」

 まず膝を叩いてみせたのは七三郎だった。

 次いで、半信半疑の涼馬夫妻も、釣られたように合点した。

 立札に貼り出す絵は、もちろん、清麿が描く仕儀と相成った。

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