第188話 元大奥御殿医・奥山交竹院が明かす驚愕の真実



 申の刻。

 待たせていた漁船で、三宅島より5里ほど南の御蔵島みくらじまに着いた。


 熔岩だらけの三宅島と違い、見渡す限りの原生林で覆われている。

 このさびしい孤島にも山羊が飼われている風景だけは共通だった。


 元大奥御殿医・奥山交竹院の庵は、船着場にほど近い三宝神社の付近にあった。

 生島の庵と同じく茅葺の茅屋で、世を捨てた仙人のごとき風貌も共通していた。


 意外にもと言うべきか当然と言うべきか、夫妻の訪問を交竹院は喜ばなかった。

「何をいまさらくだくだしく、名誉の回復など、ちゃんちゃらおかしいわ。過去から捨てられた拙者に、ことここに至って申し開きしたい事実などあってたまるものか。そんな仕儀より、拙者はいま、島の仕置きに忙しいのじゃ。邪魔立てせんでくれ」


 予想もしなかった成り行きに、

「え、島の、仕置き……でございますか?」

 涼馬夫妻が同時に驚くと、交竹院は面倒くさげに、ちゃちゃっと説明してくれた。


「江戸からはるかに遠く、お上の目が届きかねる御蔵島はな、むかしから役人の天下であったそうじゃ。絶大な権力にあかせ、弱い百姓からの搾取が日常化しておった」


 まさか流人本人から流刑地の内情を聞かされるとは、思いもしなかった。


「でな、貧窮した島の衆が相談して、山の桑や柘植つげなど島の産物を江戸に出荷して生活の糧を得る廻船を買い入れようと準備しておるのじゃ。で、拙者もひと肌脱いで、江戸城内に残っておる同朋の桂川甫筑かつらがわほちくに、取次を依頼するつもりでおるのじゃ」


 忙しげに告げると、もう何処かへ出かけようとするので、涼馬は慌てて引き留め、

「あとひとつだけお聞かせくださいませ。交竹院さまは、月光院さまのご出産に立ち会われましたでしょうか」


 交竹院は、一瞬、小柄な背を強張らせた。

 が、ゆっくりと振り向き、傲然と告げた。


「役目柄、至極当然であろう。そなたたちの訊きたい事柄も、とくと承知しておる。生まれた赤子は、たれに似ておったか……。どうじゃ、ずばりであろう?」


 涼馬も清麿も苦笑するしかない。


「まあ、奈辺は、元御殿医の矜持を懸け、永遠の謎としておこうか。じゃがな、これだけは紛れもなき事実として申し添えておこう。月光院さまがお子を授かられたのは一度にあらず。闇から闇に消えたお子も、何人かおられた。以上じゃ」


 すたすたと去って行く交竹院を、涼馬と清麿は深々と腰を折って見送った。


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