第145話 木賃宿の女将になった元中臈・坂城を訪ねる



 大奥の元中臈・坂城がうまく後妻に入りこんだという木賃宿は、開幕時の大御所の帰依以来、御公儀の保護が厚い金龍山浅草寺を幾重にも巡る裏通り中でも僻遠の地域にあった。地を這うが如き軒先に風雨に晒された「江戸御宿」の看板を掲げている。


 ――かような場末に宿を求める参拝客があるだろうか。


 まったく同じことを考えた涼馬と清麿は顔を見合わせた。

 とはいえど、世間の耳目を集めた騒擾そうじょう事件で大いに訳ありになった中年女が心細い後半生を託すには、これほど格好の場所はないようにも思われる。


 近づくと、案に相違して「江戸御宿」は意外に繁盛していた。

 蛇の道はなんとやらということか、それぞれ一癖も二癖もありそうな客が何十日も着続けたような垢じみた旅装束に身を固め、宿の女将に見送られて表へ出て来る。


「ありがとう存じました。またのお越しをお待ちしております」

 やつれの目立つ瓜実顔が、抑揚の乏しい文言を繰り返している。

 場末の木賃宿の女将がすっかり板についてはいるが、前身を承知しているせいか、そこはかとない雅な風情までは隠しきれておらぬように見える。


 たで食う虫も好き好きゆえ、年増女にしか好き心を刺激されぬ偏った性癖の男客の客引きには持って来いだと、強欲な亭主が算盤そろばんを弾いたのやも知れなかった。

 

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